RTKの歴史:高精度測位技術の発展と現在

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2025年2月28日 掲載

RTK(Real Time Kinematic)測位は、衛星測位(GNSS)の誤差をリアルタイムで補正し、センチメートル級の精度を実現する高精度測位技術です。建設測量やインフラ保守、土木施工、測量業務など幅広い分野で、位置の正確さと作業効率を飛躍的に向上させてきました。
本記事では、RTK測位の重要性を踏まえつつ、その誕生から現在に至る歴史を振り返ります。特に現場での普及と活用の流れに注目し、最新の動向までを解説します。
1980年代~1990年代: RTK技術の誕生と初期研究
RTK技術の源流は1980年代に遡ります。人工衛星を用いたGPS測位が軍事用途から民間にも開放され始めたこの時期、高精度化の研究が活発化しました。従来のGPS測位は数メートルの誤差がありましたが、搬送波位相差分を利用すれば桁違いの精度向上が見込めることが判明します。実際、2基のGPS受信機で衛星信号のキャリア位相を比較し、リアルタイムに誤差補正を行うことでセンチメートル精度を得る手法(キャリア位相差分測位)がこの頃確立されました。
こうした基礎研究により、リアルタイムに高精度の相対測位を行うRTKの概念が生まれ、GPS測量の可能性が大きく広がりました。
1980年代後半から1990年代前半にかけて、RTK測位の実用化に向けた試験が各地で始まります。米国では1980年代末に国立測地局(NGS)のベンジャミン・レモンディ氏らがリアルタイムの動的測位アルゴリズムを開発し、「リアルタイムキネマティック測量の父」と称されました。
また1990年代に入るとGPS衛星コンステレーション(配置)が整備され、湾岸戦争(1990-91年)などを通じてGPSが本格運用段階へ移行します。1993年には測位衛星が24基体制となりGPSの初期運用が達成され、米国では同年、民間向け初の商用RTK測位システムがTrimble社から発売されました。
この「Site Surveyor」と呼ばれたシステムは、既知点での静的初期化やバックパックに収めた無線機などが必要な大型機材でしたが、それでも観測現場で即座にセンチメートル精度の結果が得られる画期的な技術として注目されました。
その後、LeicaやAshtechなど他メーカーも含め、1990年代半ば以降RTK機器の製品化が相次ぎます。特に1994年にはオンザフライ(OTF)による高速初期化に対応したデュアル周波数RTK受信機も登場し、機動性と実用性が大きく向上しました。
日本においても1990年代は高精度測位インフラの草創期でした。1980年代後半からGPSを測地網に導入し始め、1992年には国土地理院がGPS連続観測(電子基準点)網の試験運用を開始します。続いて1993~1994年にかけて全国に約210か所の電子基準点が設置され、本格的なGNSS基準網整備が進められました。
これら電子基準点(後のGEONET)の整備は、当初は地殻変動監視や測地基準の維持が目的でしたが、将来的にRTK測位を現場で活用するための重要なインフラ基盤ともなっていきます。
2000年代: RTKの実用化と普及の始まり
2000年代に入ると、RTK技術は研究段階を脱して様々な実務分野で本格的に活用され始めます。背景にはGPSの民生利用解禁と技術進展があります。2000年にはGPSの選択利用制限(SA)が解除され、民間でも以前より高精度な単独測位が可能になりました。加えてRTKアルゴリズムや受信機ハードの改良が進み、初期化時間の短縮や信号途絶への耐性向上など信頼性が高まります。
これにより、RTKは専門の測量士だけでなく、インフラ建設や農業、自動車航法など幅広いユーザ層に受け入れられる下地が整いました。
実際、2000年代前半から各地でRTK測位の社会実装が進展します。日本では全国約1,000か所の電子基準点からなるGNSS連続観測網「GEONET」の整備が1990年代末~2000年代初頭に完了し、2002年にはそのリアルタイム観測データが民間に提供開始されました。
さらに同年の測量法改正により、電子基準点が公共測量の基準点として公式に利用可能となっています。
これらの整備と制度変更により、測量業務でRTKを使う環境が一気に整い、日本全国どこでも基準局(電子基準点)からの補正情報を得て測量ができるようになりました。基準点が近くになくても、GNSS移動局(ローバー局)単体でインターネット経由の補正を受けられるようになり、RTK測位はインフラ測量や用地調査で日常的に利用されるようになります。
またこの時期、RTK機器の小型化・低価格化も徐々に進みました。1990年代は受信機一式で数百万円する高価なものでしたが、2000年代には競合メーカーの増加や技術進歩により価格帯が下がり始めます。アンテナと受信機が一体化したスマートアンテナ型のRTK機なども登場し、現場への持ち運びや設置が容易になりました。
例えばTrimble社の4800シリーズ(1990年代後半)はバックパック不要でポール先端に受信機・無線・バッテリを収めた先駆的モデルで、実用性を大きく高めました。
こうした機器進化に伴い、建設会社や測量会社でもRTKを導入するところが増え、道路や橋梁の施工管理、土地測量、農業分野(トラクターの自動操舵による精密農業)などでRTK活用が本格化しました。米国では農業機械メーカーのJohn Deere社が1990年代末からRTKガイダンス技術を導入し始め、2000年代には農地で数cm精度の直進耕作を実現しています。
日本でも水田の自動耕起システム実験などが行われました。RTKはこのように2000年代を通じて「高精度測位=RTK」という位置付けが確立し、測位インフラとして徐々に社会に浸透していきました。
2010年代: RTKの高度化とネットワーク型RTK(VRS)の普及
2010年代になると、RTK技術はさらに高度化し、その運用形態にも大きな変化が現れます。特筆すべきはネットワーク型RTK(Network RTK)の普及です。ネットワーク型RTKとは、複数の基準局データを統合して広域に誤差補正情報を提供する仕組みで、仮想基準点(VRS)方式とも呼ばれます。これにより利用者(移動局)は近傍に自前の基準局を設置しなくても、通信回線経由で地域全体の高精度補正値をリアルタイムに得られるようになりました。日本では国土地理院の電子基準点ネットワーク(GEONET)がまさに全国規模のネットワークRTK基盤として機能しており、2010年代までに約1,300か所・平均20km間隔で基準点が配置され全国をカバーするに至りました。
この網を活用し、各地でVRS方式の補正サービス(たとえば地域測量局や民間の補正情報配信サービス)が展開されました。移動局はモバイル通信(Ntripプロトコルなど)を通じてインターネット経由で補正データを取得し、どこでもセンチ精度を実現できる環境が整ったのです。
衛星測位そのものもマルチGNSS化が一気に進展しました。GPSに加えてロシアのGLONASSや欧州のGalileo、中国のBeiDouといった他国の測位衛星を組み合わせて利用することで、衛星の視野が拡大し測位精度と可用性が飛躍的に向上しました。日本の電子基準点GEONETでも2013年からGLONASSと準天頂衛星システム(QZSS「みちびき」)の信号受信を開始し、2016年にはGalileoにも対応するなど、観測網自体がマルチGNSS化しています。
これにより従来は衛星が少なく測位が不安定だった都市部や山間部でも、常時複数の衛星を捕捉して高精度測位を維持しやすくなりました。
さらに2010年代後半には、日本独自の準天頂衛星システム(QZSS/みちびき)の本格運用が始まりました。みちびき初号機は2010年打ち上げ、2018年までに4機体制が整備され、GPSを補完する事実上の「日本版GPS」として機能しています。QZSSは高仰角(天頂付近)に常に1機が位置する軌道を採るため、高層ビルに囲まれた都市部でも上空からの測位信号を確保しやすいメリットがあります。加えて2018年からはQZSSによるセンチメートル級補強サービス(CLAS)の提供が開始されました。CLASはQZSS衛星から広域補正情報を直接配信するもので、受信機側でこれを利用することでインターネット通信に頼らずセンチメートル級測位が可能となる画期的なサービスです。これにより山間部や電波圏外の現場においても、高精度測位を実現する手段が得られました。
こうした技術基盤の充実に伴い、建設業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)も大きく前進しました。国土交通省は2016年頃からi-Construction(アイ・コンストラクション)と呼ばれる生産性革命を推進し、ICT施工技術の導入を奨励しています。
ICT施工では、測量から設計・施工・検査まで一貫して3次元データを活用しますが、その要となる現地測量でRTK-GNSSが積極的に導入されました。例えば、施工現場の出来形管理ではGNSS搭載のタブレットで測量士が計測を行い、その場で設計データとの差分を確認できます。また、ブルドーザーやショベルなど重機のマシンガイダンスにもRTKが用いられ、オペレータが手作業で測量杭を目印にすることなく、機械が自動でブレード高さを調整して正確に造成を行えるようになりました。
この結果、従来は経験と勘に頼っていた施工精度が飛躍的に向上し、工期短縮や省人化に貢献しています。加えてドローン空撮による出来形計測(写真測量)でもRTK搭載ドローンが登場し、画像に正確な位置情報を与えて高精度な土量計算や3Dモデル作成を可能にしました。2010年代を通じて、RTKはもはや測量専門家だけのものではなく、建設・土木の現場に不可欠なICTツールとして広く普及したのです。
2020年代: マルチGNSS・スマートRTKの時代
2020年代に入り、RTK技術はさらなる革新期を迎えています。まず、マルチ周波・マルチGNSS対応の高度化です。現在のRTK受信機はGPS・GLONASS・Galileo・BeiDou・QZSSといった複数衛星からの複数周波数信号を同時に処理でき、電離層誤差の除去や高速な整数アンビギュイティ解決(誤差解消)が可能となっています。
その結果、都市のビル陰や森林地域のような電波受信環境が悪い場所でも、高精度解をより短時間で安定して得られるようになりました。また、データ処理アルゴリズムの改良に加えて機械学習(AI)の活用も進み、困難な環境下での位相解読や測位精度向上に寄与しています。
加えて、RTKと他技術との融合も大きなトレンドです。たとえば、RTKと慣性航法装置(INS)を組み合わせたハイブリッド測位により、一時的にGNSS信号が途切れても高精度な位置推定を継続できるようになっています。
ドローンにRTKとIMUを搭載してリアルタイムに自己位置を高精度算出し、測量だけでなく災害対応の現場などでも活用する例が増えています。
さらに、自動運転車両にもRTKが導入され始めました。自動運転では車線レベルの高精度な自己位置特定が必要なため、GPSだけでなくRTKによる補強が不可欠です。近年の実証実験や一部商用サービスでは、移動通信網経由で配信される補正データを車載GNSSが受信し、走行車両が常に数cm以下の誤差で自己位置を把握する仕組みを実現しています。農業分野でもマルチGNSS RTK対応のロボットトラクターが登場し、無人で農地を耕作・散布するスマート農業が始まっています。
そして何より特筆すべきは、RTK機器の小型・低価格化と利便性向上が一段と加速したことです。高精度測位を必要とするユーザ層が広がったことで、安価なハードウェアやクラウド型補正サービスが充実し、これまでRTKに縁がなかった一般ユーザにも手の届く技術になりつつあります。
たとえば近年では、数万円程度の民生用GNSSモジュール(u-blox社製など)でRTKに対応したものも登場し、DIYで簡易RTK測位システムを構築する愛好家もいます。スマートフォンに関しても、Android搭載機種を中心にGNSSの生測位データ(RAWデータ)を取得してRTKやPPP解析を行う試みが始まっています。2021年発売のスマートフォンでデュアル周波数GNSSに対応する機種も出現し、単独でも従来より高精度な測位が可能になりました。こうした動きは「スマートRTK」とも呼ぶべき新しい潮流であり、RTKがより身近なツールへと変貌しつつあることを示しています。
LRTKの登場: RTK測位の進化の最前線
このスマートRTK時代を象徴する最新トレンドが、スマートフォン対応の超小型RTK受信機「LRTK」の登場です。LRTK(エルアールティーケー)は、レフィクシア株式会社(東京工業大学発ベンチャー)が開発したポケットサイズのRTK-GNSSデバイスで、スマートフォンやタブレットに装着して使用します。
専用アプリを起動すれば、従来は専門機器が必要だったセンチメートル級精度のRTK測位がスマホ上で手軽に行えるという画期的な製品です。重量はわずか約125g、厚さ13mmほどの筐体にバッテリー・アンテナ・受信機が一体化されており、まさに「スマホがそのまま高精度測量機になる」手軽さを実現しています。
従来の据置型RTK基地局やデータコレクタ端末は一切不要で、スマホの通信回線を通じてネットワーク型RTKの補正情報を受信し、即座に高精度測位が可能です。加えて、オプションで準天頂衛星みちびきのCLAS信号に対応したアンテナにも付け替えられるため、携帯圏外の現場でも補強信号を直接受信して測位を続行できます。まさにRTK測位の現場適用を誰にでも拓く革新的デバイスと言えるでしょう。
LRTKは従来比で携行性・経済性・操作性のすべてにおいて飛躍的な向上を遂げています。現場では「作業者一人ひとりがセンチ精度の測量機を持ち歩く」ことが現実味を帯び、必要なときに誰でもすぐ測位・計測ができるようになります。
例えばコンクリート構造物のひび割れ点検では、スマホで写真を撮影しつつLRTKで高精度な位置座標を同時に取得してクラウドにアップロードするといったワークフローが可能です。従来は測量班を別途手配していた作業も、現場担当者自らが即座に対応できるため、業務の省力化・スピード化につながります。LRTKはRTK測位の民主化を推し進める存在として、高精度測位の新たな時代を切り拓いているのです。
LRTKで現場の測量精度・作業効率を飛躍的に向上
LRTKシリーズは、建設・土木・測量分野における高精度なGNSS測位を実現し、作業時間短縮や生産性の大幅な向上を可能にします。国土交通省が推進するi-Constructionにも対応しており、建設業界のデジタル化促進に最適なソリューションです。
LRTKの詳細については、下記のリンクよりご覧ください。
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