従来のRTK測位と基準局設置の課題
RTK(Real Time Kinematic)測位は、建設や測量の現場で欠かせないセンチメートル級精度の測位技術です。基準局(ベース局)と移動局(ローバー)の2台のGNSS受信機を使い、両者が同時に受信した衛星信号の差分をリアルタイムに補正することで、高精度な位置を求めます。通常のGNSS単独測位では誤差が数メートル生じますが、RTKではこれを数センチ程度まで抑えることが可能です。そのため、高速道路や鉄道の工事、土木施工の杭打ちや出来形管理といった精密な位置決めが求められる場面でRTK測位は活躍してきました。
しかし、従来のRTK測位には現場ごとに基準局を設置する手間という課題がありました。基準局は既知の座標点に高精度GNSS受信機を据え付け、無線で補正情報を送信する役割を担います。作業エリアの近く(数km以内が理想)に三脚とアンテナを立て、基地局装置やバッテリー、無線機をセットアップする必要があります。さらに基準局の位置座標を正確に把握するため、事前に既知点の測量や公共座標系への変換作業も求められます。これらの準備は時間と人手がかかり、専門知識も必要なため、RTK経験者にとっても負担でした。また基準局とローバー間の距離が遠くなるにつれ精度が低下する(電離層遅延などの影響が相殺しきれない)ため、広い現場を移動する際には基準局を移設する必要も生じていました。加えて、UHF無線の電波が届かない場所では測位が不安定になる、複数の重機に誘導情報を送るにはチャンネル設定が煩雑、など運用上の悩みも少なくありません。
ネットワーク型RTK(VRS)の仕組みと利点
こうした課題を解決するために登場したのがネットワーク型RTKと呼ばれる手法です。その代表例がVRS(Virtual Reference Station、仮想基準点)方式で、あたかもユーザーのすぐ近くに基準局があるかのように補正データを生成します。具体的には、国や民間事業者が整備した複数の基準局ネットワークを利用し、利用者(ローバー)の概略位置をもとにサーバ上で周辺の基準局データを解析します。そしてユーザー近傍に仮想的な基準点を設定し、その地点で受信したであろう誤差補正量を計算して、ローバーにリアルタイム配信します。ローバーはまるで「すぐ隣に基準局がある」かのように高精度なRTK測位を行えるのです。
ネットワーク型RTK(VRS)の最大の利点は、現場に自前の基準局を置かなくてよい点です。受信機1台(移動局)だけで測位が完結するため、測量の準備時間が大幅に短縮され、人員も削減できます。また仮想基準点は測位する場所ごとに常に近傍に設定されるため、基線長による精度低下を気にせず広範囲で均一にセンチメートル精度を得られます。最近ではこの利便性からネットワークRTKが主流になりつつあり、国土地理院の電子基準点網(約1300局)を活用した補正情報配信サービスや、民間の携帯通信網を利用した有償サービスも普及しています。例えばソフトバンク株式会社の提供する「ichimill」は、全国に独自の基準点を3300局以上も配置し、利用者は契約するだけで日本全国どこでも即座に高精度測位が可能です。また、日本の準天頂衛星システム「みちびき」によるセンチメータ級補強サービス(CLAS)も提供されており、対応受信機であれば山間部など携帯圏外の場所でも衛星から直接補正情報を受信できます。このようにVRS方式をはじめとするネットワーク型RTKの登場で、RTK測量は格段に手軽で柔軟なものになりました。
RTK方式とVRS方式の主な違いを整理すると次の通りです:
• 基準局設置: 従来のRTKは各現場で物理的な基準局を設置する必要がありますが、VRSではその必要がありません。サービス提供側の基準点ネットワークを利用するため、ローバーのみで即測位を開始できます。
• 測位範囲と精度: 単独基準局のRTKでは基準局から遠距離になると精度低下が避けられません。一方、VRSでは測位地点ごとに仮想基準点がある計算になるため、エリア全域で高い精度を維持できます。
• 運用コスト: ローカルRTKでは高価な受信機が2台(基準局・移動局)必要で、無線機やバッテリーも含め初期投資が大きくなります。VRSでは受信機1台で済み、代わりに補正サービスの利用料(月額契約など)が発生しますが、機材コストや人件費の削減と天秤にかけて導入しやすいケースが増えています。
• 操作の手軽さ: 基準局方式では機器のセットアップや座標設定、無線の周波数調整など専門的な作業が多く必要でした。ネットワークRTKではインターネット経由で自動的に補正データが供給されるため、操作手順が簡略化され現場スタッフ自身で扱いやすくなっています。
VRSを活用したLRTKの強み:簡単さを徹底追求
RTKおよびVRS技術の進歩により測量現場は大きく効率化されましたが、一方で従来の高精度GNSS機器は「高価で大がかり」「専門知識が必要」といったハードルもありました。そこで登場したのが、スタートアップ企業レフィクシア社が提供するLRTKシリーズです。LRTKは「現場で誰もが使えるポケットサイズのRTK測量機」をコンセプトに開発されたソリューションで、スマートフォンと連携して手軽にセンチメートル級測位を実現する新世代のRTK-GNSSデバイスです。重量わずか約125g、厚さ13mm程度の超小型デバイスにアンテナ・GNSS受信機・バッテリー・無線通信モジュールがオールインワンで内蔵されています。この1台をスマホに装着するだけで準備完了、すぐに高精度測位が始められます。通信もBluetoothやWi-Fiでスマホとワイヤレス接続され、補正情報の受信や測位データのクラウド送信はスマホ経由で行われるため、ケーブル類に煩わされることもありません。
LRTKシリーズはVRS方式のネットワークRTKに対応しており、前述のichimillのようなNtrip補正サービスを利用してリアルタイムにセンチメートル精度を得られます。加えて上位モデルのLRTK Pro2は日本の準天頂衛星みちびきが提供するCLASにも対応しているため、携帯圏外の山間部や災害現場でも衛星からの補強信号で高精度測位が可能です。さらにLRTK Pro2には傾斜補正機能も搭載されており、ポールに取り付けたアンテナが多少傾いても正確な直下の座標を算出できます。障害物を避けてアンテナを斜めに向ける必要がある場面でも測位精度が損なわれない画期的な機能です。もちろん現場利用を想定した堅牢設計となっており、 防塵防水や耐衝撃性も備えているため、泥や雨の中でも安心して使用できます。一方、スマホ装着型のLRTK Phoneはとことん手軽さを追求したモデルです。日常的に現場監督者や作業員がポケットに携行し、必要なときにスマホに装着してすぐ測量できる手元ツールとして設計されています。
LRTKはこれらの工夫により、従来のRTK機器で「面倒」だった部分を徹底的に簡略化しています。その主なポイントを見てみましょう:
• 現場での基地局設置が不要: 従来は毎回現場にベース局を据える必要がありましたが、LRTKはVRSネットワーク経由で常に近くの補正情報が得られるため、単独のローバーだけで作業開始できます。基地局の準備・撤収にかかっていた時間をゼロにできます。
• 機材一式の省力化・軽量化: トランシーバーや大型バッテリー、専用コントローラなど、多くの機材を持ち運ぶ負担がなくなります。スマホと小型RTKデバイスだけで完結するので、現場への機材搬入も簡単です。125gのデバイスは上着のポケットにも収まるサイズで、従来の据え置き型GNSS受信機とは比べものにならない携帯性です.
• 設定や操作の簡易化: アプリ上で直感的に操作でき、複雑な無線設定や基地局座標入力といった専門的プロセスをユーザーが意識する必要はありません。測位モードの選択や補正サービスへの接続もメニューからワンタップで行えます。現場スタッフが専門の測量士を呼ばなくても自分達で使いこなせるシステムになっています。
• コスト面のメリット: 高価なRTK測量機を複数台揃えたり、長距離無線の免許を取得したりといった初期投資を抑えられます。LRTKデバイス自体がリーズナブルな上、クラウドサービス込みのプランも用意されているため、1人1台配備することも現実的です。結果として、測量待ちによる工事の非効率を減らし、人件費削減や品質向上に繋がります。
• クラウド連携とデータ即時共有: 測位データはスマホからクラウドに自動アップロードでき、その場で写真 やメモと紐付けて記録可能です。オフィスにいる監督者ともリアルタイムに情報を共有できるため、離れた場所から即座に成果を確認したり指示を出したりできます。紙の野帳に記録して持ち帰る従来の方法に比べ、データ管理や報告が格段にスマートになります。
このようにLRTKは「誰でもすぐに高精度測位ができる」ことを目指したソリューションであり、現場に新たなワークスタイルをもたらしています。実際、現場の施工管理者や作業員の間でLRTK Phoneの手軽さが静かなブームとなりつつあります。その理由として、「スマホに超小型RTK受信機を付けるだけで、数センチ精度の測位から点群計測・墨出し・ARまでこなせる。しかも価格も手頃なので1人1台持てば生産性が飛躍的に上がる」という声も聞かれ、RTK測位の民主化とも言える変化が起きています。
建設・測量現場での活用シナリオ
RTKやネットワーク型RTK(VRS)は既に様々な現場で活躍しています。ここでは典型的な活用シーンをいくつか紹介します。
• 施工管理への応用:建設現場の基準点測設や出来形管理にRTK測位が利用されています。例えば道路工事では、設計図の座標を現地でマーキング(墨出し)したり、施工後に仕上がりを検測する際にRTK対応GNSS受信機が活躍します。トータルステーションでは視通しが確保できない箇所でもGNSSなら障害物越しに測位できるため、狭隘な市街地や森林地域の施工管理に有効です。また重機のブレードやアームにGNSS受信機を搭載し、オペレーターに誘導情報を提供するマシンガイダンス・マシンコントロールも普及してきました。山間部の大型造成現場でも、建機に搭載した受信機でVRS補正を受けることで、広範囲にわたり高精度な施工が実現しています。リアルタイムで誤差補正された位置情報により、施工管理の効率と品質は飛躍的に向上しています。
• 杭打ち・基礎工事での利用:構造物の基礎となる杭打ち作業でもRTK測位が威力を発揮しています。従来は測量士が丁張やトータルステーションで杭芯の位置出しを行い、重機オペレーターに合図する手法が一般的でした。今では重機自体にGNSSを搭載してオペレーターが座標を確認しながら杭打ちできるため、一人で精密な施工が可能になりました。ネットワーク型RTKであれば施工範囲が広い橋梁工事や造成現場でも移動するたびに基準局を据え直す必要がなく、長距離にわたる杭打ちでも均一な精度を維持できます。杭の位置ズレや傾きをリアルタイムに検出できるため、手戻り作業の削減にもつながっています。
• 出来形測定・検査:構造物施工後の出来形(出来高)測定にもRTKが利用されています。道路舗装や造成地の高さ・勾配を確認する作業では、従来は水準測量やトータルステーションで多数の箇所を測定する必要があり大変でした。しかしRTK対応GNSS受信機を用いればオペレーター1人が短時間で広範囲の測点データを取得できます。例えば舗装厚の検査では、完成した路面上を受信機を持って歩くだけで所定間隔ごとの標高データを自動記録でき、即座に設計高との誤差を確認できます。VRS方式で取得した座標値は公共座標系の絶対値として得られるため、出来形図の作成やGISシステムへのデータ連携もスムーズです。クラウド連携に対応したシステムなら、現場で計測したデータを即座に事務所と共有でき、検査報告書の作成時間短縮や合否判定の迅速化にも寄与します。
• インフラ維持管理・点検:インフラ点検の分野でも高精度測位技術が導入されています。鉄道や道路の巡回点検では、ひび割れ箇所や変位を正確に記録することが重要です。RTK対応のタブレットやスマホを使えば、異常箇所の写真にその地点の厳密な緯度経度・高さ情報を付加して保存できます。従来は「橋脚○番から○m地点」といった曖昧な記録だったものが、RTKにより数cm単位の座標データとして残せるため、後日の比較や補修計画にも役立ちます。また定期的に同じ地点を測量して路盤や構造物の沈下量をモニタリングすれば、経年変化を定量的に把握して予防保全に活かすことも容易です。近年ではドローン空撮やモバイルマッピングシステムにもRTKが活用され、インフラ点検のDX(デジタルトランスフォーメーション)を強力に後押ししています。
以上のように、RTK/VRS測位は施工から検査、維持管理まで幅広い場面で現場業務を支えています。そしてLRTKのような手軽な機器の登場によって、これら高度な測位技術が現場スタッフ一人ひとりの日常ツールになりつつあります。
LRTKで始める簡単測量:手順と導入への流れ
こ こまでVRS方式とLRTKのメリットを見てきましたが、実際に現場で使う手順も驚くほどシンプルです。最後に、LRTKを用いた測位の基本的な流れをご紹介します。
• デバイスとスマホの準備:測量を開始する前に、LRTKデバイス本体を準備します。LRTK Phoneであればスマートフォンに装着し、LRTK Pro2であればポール先端などに取り付けてスマホとBluetooth接続します。専用アプリをスマホで起動し、GNSS受信モードに入ります。
• 補正サービスへの接続:アプリ上のメニューからネットワークRTKの設定を行います。事前に契約したVRS補正サービス(Ntrip方式)の接続情報をアプリに登録し、ワンタップで接続します。山間部などインターネット通信が困難な場合は、アプリでCLAS受信モードを有効にすれば衛星経由で補正情報を取得できます。
• 高精度測位の開始:補正情報の受信が開始されると、デバイスはリアルタイムに位置補正を適用し始めます。数十秒ほどで測位解がフロート解(暫定解)からFIX解(確定解)に変わり、センチメートル級の測位が 可能な状態になります。アプリ画面上でFIXとなったことを確認したら測量スタートです。
• ポイントの測定・設置:取得したいポイントでアプリの測定ボタンを押すと、その地点の座標が記録されます。必要に応じて点名を入力したり写真・メモを添付してクラウドに保存できます。測設(杭打ちやマーキング)の場合は、あらかじめ設定した目標座標に対する現在位置のずれ量が画面表示されるため、それを見ながら正確に位置出しが行えます。AR機能を使えば、スマホのカメラ映像上に設置場所のマーカーを表示することもでき、直感的な位置特定が可能です。
• 成果データの共有:測量が終わったら、アプリに集約された全ての観測データを確認します。記録した点の座標一覧やスケッチ図はその場で自動的にクラウド同期されているため、現場からオフィスへUSBメモリ等でデータを持ち帰る必要はありません。オフィス側では即座にクラウド上のデータを閲覧し、成果をチェックしたり図面に反映したりできます。必要であればアプリから測定結果をCSVやDXF形式でエクスポートすることも可能で、後工程への受け渡しもスムーズです。

