広大な農地の造成や畦畔(あぜはん)※の設置、水路の勾配調整などを行う土地改良事業の現場で、測量作業に新たな波が押し寄せています。従来は当たり前だった木杭や水糸による丁張(ちょうはり)設置や、2人1組でのレベル測量が、最新技術の活用によって様変わりしつつあります。スマートフォンと高精度GNSSを組み合わせた「スマホRTK」と、現場にデジタル情報を重ねるAR(拡張現実)技術の登場により、「丁張不要で一人測量」という画期的なスタイルが現実味を帯びています。本記事では、土地改良における従来の測量手法とその課題から始め、業界を変えつつあるデジタル化の潮流、新技術による一人測量の仕組みと具体的な活用シーンまでを詳しく解説します。ベテラン技術者から若手の施工担当者まで、現場の生産性向上に関心のある皆様に向けて、実務に即した最新トレンドをご紹介します。
※畦畔…水田や畑の区画間に土を盛り上げて作る細長い土手
従来の土地改良測量手法とその課題
まず、土地改良の現場で長年行われてきた従来型の測量方法について振り返ってみます。農業土木の測量と言えば、一般にトータルステーション(光学式の測量機)やオートレベルを用いた丁張の設置が主流でした。例えば用水路の高さや位置を出す際には、基準となる点に水平な定木(じょうぎ)を固定した木杭を打ち 込み、水糸で高さを示す――いわゆる丁張をあちこちに設けて、そこを目安に掘削や盛土を行います。この丁張作業には通常2人以上の作業員が必要で、1人がレベル機やTSを据えて照準・読取りを行い、もう1人がスタッフ(標尺)を持って指示された地点に立つという段取りでした。広い圃場や長い水路では、測点の数が多くなるため測量だけで何日もかかることも珍しくありません。手間をかけて丁張を設置しても、重機作業や降雨の影響で杭がズレたり抜けたりすれば位置ずれが生じ、再測設が必要になるケースもありました。また、測量結果を一旦事務所に持ち帰ってから図面と照合し、「現場のこの杭は設計上どこに対応するか?」を確認していたため、その場で出来形を確認できないという非効率も抱えていました。
こうした従来手法には、現場経験の豊富な人材に頼らざるを得ない側面もあります。測量では読取り値の記録ミスや計算違いといったヒューマンエラーが起これば施工ミスにつながりかねず、正確な作業には勘所を押さえた熟練者が必要でした。しかし現在、建設業界全体で熟練者の高齢化と若手不足が深刻化しています。土地改良区などでも将来の担い手不足が懸念され、人員確保や作業効率の向上が大きな課題です。常に2人以上で測量班を編成しなければ進められない従来手法のままでは、生産性向上や働き方改革の要請に応えることが難しくなりつつあります。
従来測量の主な課題(要約):
• 人手と時間がかかる: 丁張設置やトータルステーション測量は最低2人必要で、一点出しにも手間がかかる。広い農地を測る場合は測量だけで丸一日以上費やすことも。
• 精度確保が難しい: 木杭や墨出しで位置出しする従来法では、杭の設置誤差や累積誤差が生じやすい。杭のずれや読み間違いによる位置ずれが後工程のミスにつながるリスクがあった。
• 即時確認が困難: 現場で測ったデータを持ち帰ってから図面と照合するため、仕上がり具合をリアルタイムに確認できない。問題が後から発覚して手戻りになるケースも多かった。
• 熟練者依存が強い: 測量機器の操作や丁張の設置は経験に頼る部分が大きい。技術者不足の中で常にベテランを割り当てるのは難しく、若手だけでは正確さに不安が残った。
測量・施工支援のデジタル化が現場にもたらす変化
こうした課題を背景に、建設・測量の世界では近年デジタル化の波が一気に押し寄せています。国土交通省が提唱する*i-Construction*やICT施工の取り組みにより、土木工事の測量・施工プロセスで3次元データやIT技術を活用することが推進されてきました。土地改良分野も例外ではなく、現場には少しずつ測量・施工支援のDX(デジタルトランスフォーメーション)が浸透しつつあります。
例えば、上空からの写真を解析して地形を3次元化するドローン写真測量は、圃場整備の現況把握や出来形検査で活用が始まっています。従来は人力で数日かかった地形測量がドローンなら数時間で完了するといった劇的な効率化が実証されており、広大な農地の地盤高低図作成などに威力を発揮します。また、ブルドーザーやバックホウといった建設機械にGNSSやセンサーを搭載し、設計データ通りに自動制御するマシンコントロール技術も普及が進んでいます。重機オペレータが車内のモニターで設計面の指示を受けながら作業できるため、従来は不可欠だった丁張を大幅に省略でき、生産性が向上しています(いわば重機が「電子丁張」の役割を果たす形です)。
測量作業そのものにもデジタル化の恩恵が及んできました。自動追尾式のトータルステーション(ロボティクスTS)を使えば、一人でプリズムを持って歩きながら地形を測定するワンマン測量が可能ですし、GPS・GLONASSなど人工衛星を使ったGNSS測量機も高精度化・小型化が進んでいます。特に注目すべきは、衛星測位と通信技術の発達によってセンチメートル級の測位がリアルタイムに行えるRTK測量が手軽になったことです。RTK(Real Time Kinematic)方式では、移動局(測量側の受信機)が基地局(基準点に設置した受信機)から送られる補正情報を受け取り、GPS等の測位誤差をリアルタイムに補正します。その結果、通常は数メートルある測位誤差が数センチまで縮小され、工事現場の精密な位置出しに使えるようになりました。
こうしたデジタル技術の導入によって、土地改良現場の作業効率や測量精度は飛躍的に向上する可能性を秘めています。従来は人海戦術に頼っていた測量も、ICTを活用すれば少人数で短時間にこなせるケースが増えてきました。そして今、これらの技術をさらに一歩進めて、「一人で測ってその場で確認までできる」次世代の測量スタイルが現実のものとなりつつあります。それを可能にする鍵が、次章で述べるスマホRTKとARの組み合わせです。
RTK-GNSSとAR技術を組み合わせた新しい「一人測量」
近年登場したスマホRTK

