近年、森林や草地などの植生調査において、デジタル技術の活用が注目されています。従来は研究者や技術者が現地で目視観察し、紙の記録表に種名や本数を記入したり、カメラで写真を撮って後から分析するといった方法が主流でした。しかし、こうした手法には人的な主観の入り込みやデータの抜け漏れ、作業の負担など多く の課題がありました。そこで注目されるのが、レーザー計測や写真解析による3次元点群スキャン技術です。地形や樹木を無数の点の集まり(点群データ)として捉えることで、これまで見えなかった森林バイオマスや群落構造を立体的に「見える化」できるようになってきました。本記事では、植生調査の目的と課題を整理し、点群スキャン(LiDAR・SfM・スマホ計測)の原理と植生への応用、地上型・ドローン型・ハンディ型それぞれの特徴比較、そして3Dデータの活用によるバイオマス推定や時系列モニタリングの可能性について解説します。さらに、点群データに欠かせない高精度位置情報の重要性と最新のスマートフォンGNSSソリューションLRTKによる実用性向上についても紹介し、植生調査に訪れつつある新時代の姿を考えてみましょう。
植生調査の目的と従来手法の課題
植生調査とは、森林や草原などに生育する植物の種類や分布、個体数、樹高、被度(覆われている割合)などを調べることです。その目的は、森林資源の把握や生態系の健全度評価、環境保全計画の策定、さらには再生可能エネルギー開発に伴う環境アセ スメントまで多岐にわたります。例えば自治体の自然環境担当者は、生物多様性を保全するため定期的に植生の変化を監視しますし、林業では森林の成長量やバイオマス量(生物体の総量)を測定して持続的な資源管理に役立てます。
しかし、従来の植生調査手法にはいくつかの課題がありました。典型的な方法では、調査区画を設定して目視で植物種や数量を数え、紙のフィールドノートに記録します。樹木の場合はメジャーやノギスで胸高直径を測ったり、高さを目測や測高器で推定したりしました。広い森林を調べる際は一部の標準プロットを抽出して全体を推定するため、どうしても調査漏れや推定誤差が生じがちです。また、調査結果は担当者の経験に左右されやすく、観測者ごとのばらつきや判定ミスも避けられません。例えば樹種の同定や群落境界の判読は専門知識が要り、技術者によって評価が分かれることもあります。さらに、紙や写真で記録した情報は後からデジタル解析しにくく、データの共有・蓄積にも手間がかかりました。何より、森林の立体構造や総体量(バイオマス)は現地で直接見ることが難しく、一部の木を伐採して重さや体積を測定しないと正確な数値が得ら れないというジレンマもありました。このように、人力中心の従来手法では広大なエリアの詳細把握や長期的な定量比較には限界があったのです。
点群スキャン技術とは:LiDAR・SfMによる3D計測
こうした課題を解決するために登場したのが、3次元点群スキャンと総称される計測技術です。点群データとは、現実空間の対象物を多数の点の集合で表現したデジタルデータで、それぞれの点にX・Y・Zの座標(場合によっては色や反射強度なども)が含まれます。対象物の形状をそのまま点の密集として記録できるため、複雑な森林の姿をありのまま3Dモデル化できるのが特徴です。点群は数万~数億もの点から成り、高密度で精度の高いデータほど写真に近いレベルで樹木や地形の細部まで再現できます。言い換えれば、紙の平面的な植生図ではなくデジタルの立体図として森全体を丸ごと記録できるのです。
点群データを取得する代表的な方法に、レーザー計測(LiDAR)と写真測量(SfM:Structure from Motion)があります。LiDAR(ライダー)は赤外線レーザー光を対象に照射し、その反射をセンサーで捉えて距離を計測する仕組みです。光が戻ってくるまでの時間から物体までの距離を割り出し、それを空間位置に変換することで大量の点を取得します。レーザーを高速で360°周囲に走査することで、短時間に広範囲の3次元点群を集めることが可能です。LiDARは測距精度が高く、地上に設置するタイプではミリ単位の精度も実現できます。また、波長が適切であれば樹葉の隙間を通り抜けて地表に届くため、森林内部の地形や下層植生まである程度捉えられる点も大きな強みです。
一方、SfM写真測量はカメラで撮影した多数の画像から3Dモデルを復元する技術です。ドローンや一眼レフ、スマホなどで対象エリアを様々な角度から重複度高く撮影し、コンピュータ上で画像間の共通点を解析することで点群データを生成します。専用のレーザー機材が不要でカメラとソフトウェアだけで始められる手軽さが魅力で、中小規模の事業者でも導入しやすい方法です。適切に撮影条件を整えれば非常に高密度で精密な点群が得られ、各点に写真由来のカラー情報(RGB)を持たせられるため直感的な可視化も可能です (まるで空中写真の3D版のようなモデルができます)。実際、国土管理の分野では出来形管理※にドローン写真測量で得た高密度点群を活用する例も増えてきました。
ただし写真測量には留意点もあります。カメラに写らない部分は再現できないため、森林のように樹冠に隠れた地表や枝の下側などは点群が欠落します。樹木が密生する地域で地面まで含めて計測したい場合、やはりレーザースキャンとの併用が望ましいでしょう。また、高精度なモデルには事前に地上に既知点(対空標識)を配置しておく必要があるなど、撮影準備や大量の写真の処理時間がかかることもデメリットです。それでも非破壊的で広域を一度に測れるリモートセンシング技術として、レーザー計測と写真測量は従来の植生調査を大きく前進させるツールとなっています。
点群データで捉える植生情報:バイオマス量・樹高・群落構造の見える化
点群スキャンで取得した3Dデータからは、従来は推定に頼っていた様々な植 生情報を直接計測・可視化できます。例えば森林の樹高は、点群から地表面と樹冠頂点の高さを読み取ることで面積全体にわたり正確に把握できます。従来はサンプル木を選んで測高したり、魚眼レンズ写真から林冠高を推定する手法もありましたが、点群ならエリア内の全ての樹木について高さ分布を得ることが可能です。冠幅(樹冠の広がり)についても、上空からの点群データを解析すれば各木の枝張りの直径や樹冠面積を計測できます。これは森林の混み具合や日射量シミュレーションにも役立つ情報です。また、高密度な点群があれば樹幹(幹)の太さや形状もある程度捉えられるため、胸高直径の推定や樹種の判別に応用する研究も進んでいます。
中でも重要な指標がバイオマス(森林の生物量)です。点群データは森林を丸ごと3次元コピーしたようなものなので、伐採せずとも任意の場所で断面を切ったような解析ができます。例えば各樹木の幹や枝葉の体積を推定し、それに木材密度や含水率を考慮することで、生きたままの状態で上層バイオマス量を算出することが可能です。従来、森林のバイオマスを正確に測るには木を実際に伐倒して乾燥重量を量る必要がありましたが、点群計測の導入によって現存量を非破壊で推定できるようになりました。これは森林の炭素蓄積量を評価したり、間伐や伐採でどれだけの二酸化炭素吸収源が失われるかを定量化する上でも画期的な進歩です。
さらに、点群データは群落構造の可視化にも威力を発揮します。取得した点群を縦方向にスライスすれば、森林の断面図を自由に描くことができます。これによって林床から林冠までの垂直方向の分布(下層植生の発達度、低木層・高木層の層構造など)が一目で把握できます。例えば密生した森でも、点群断面図を見ると下草が繁茂しているのか日光が届かず地表は裸地なのかといった状況が直感的に分かります。また、時間差のある点群同士を比較すれば植生の時系列変化も捉えられます。定点で年ごとにスキャンを行えば、数年で樹高が何メートル伸びたか、新たに生えてきた樹木や伐採・倒木による減少がどれだけあるかを3次元の差分として検出できます。言わば、森林のデジタル双子(デジタルツイン)を作っておき、過去との差分を可視化することで、森林動態を科学的に追跡できるのです。
このように点 群スキャンで得た詳細データを解析すれば、植生調査は単なる目視記録から定量管理のフェーズへと進化します。森林の現況を数値で示せるため、保全目標の設定や施業の効果検証も客観的なデータに基づいて行えるようになります。例えば「この保護区の森林バイオマスを10年間で5%増やす」という目標に対し、点群から算出した基礎データをもとに進捗を検証できるのです。また、デジタル化された3D情報は関係者間で共有しやすく、GISマップ上で他の環境情報(地形・土壌・動物分布など)と重ね合わせた総合的な分析も可能となります。まさに植生調査のDX(デジタルトランスフォーメーション)とも言える変化が始まっていると言えるでしょう。
地上型 vs ドローン型 vs ハンディ型:点群計測手法の比較
一口に点群スキャンと言っても、その実施方法には様々な種類があります。ここでは代表的な地上型・ドローン型・ハンディ型の特徴を比較し、植生調査での使い分けについて考えてみます。
• 地上型計測(TLS 等): 三脚据え付け型のレーザースキャナー(テレストリアルLiDAR)などを地上から用いる手法です。測定点ごとに360°全周の高密度点群が取得でき、樹木の高さや幹径、枝ぶりといった細部まで極めて高精度に計測できます。上空からは見えない下層植生や斜面の細かな凹凸も記録できるため、精密なデータが必要な場面に適しています。ただし一度にスキャンできる範囲は機器の見通せる範囲内に限られ、障害物の陰になる部分は取得できません。そのため森林全体を漏れなく記録するには、地点を変えて複数回スキャンと後処理での点群合成(位置合わせ)を行う必要があります。装置が大型・高価で操作にも専門スキルが要ることから、広範囲をカバーするには手間とコストがかかる点が課題です。小規模な調査区や研究目的での詳細計測には向きますが、数百ヘクタールの森林全域を迅速に把握するには不向きでしょう。
• ドローン搭載計測(UAV LiDAR/写真測量): 小型無人航空機(ドローン)を用いて上空から点群を取得する手法です。レーザースキャナーを積んだUAV LiDARであれば、人が踏み入れにくい急峻な山林や広大な森林でも短時 間で上空から隅々まで3D測量できます。ドローンは空中を飛行するため、地上を歩き回る必要がなく効率的に広域カバーできるのが最大のメリットです。レーザーなら樹間の隙間を通して地表面のデータも得られるので、鬱蒼と茂った森でも林床の地形や倒木分布をある程度捉えられます。一方、空中計測特有の制約もあります。ドローン機材とLiDARセンサの導入コストは高価になりがちで、航空法に基づく飛行許可申請やオペレーション技能も必要です。また、飛行中は機体の揺れや姿勢変化の影響で、地上固定型TLSに比べて点群精度・解像度はやや劣る傾向があります。特にミリ精度が要求される用途ではドローンのみで達成が難しい場合もあるため、「広域はドローン、精密部分は地上型」で使い分けるのが現実的です。さらに、LiDARでも密生林では地表までレーザーが届かずデータに穴が空くことがあります。その意味で、ドローン計測は森林全体の概況把握や測量範囲の拡大に有用ですが、詳細調査には地上からの補完が必要になるケースもあります。とはいえ、危険で人が立ち入れない場所の調査や、災害直後の被害森林の迅速把握など、スピードとエリアカバーを重視する場面ではドローンは欠かせない存在になりつつあります。
• ハンディ型計測(スマホ・SLAM等): 最近注目されるのが、手持ち型の機器やスマートフォンを活用した点群計測です。特殊な例では、歩行しながら周囲をスキャンできるモバイルマッピングシステム(SLAM搭載のバックパック型LiDARなど)も登場しており、これを使えば森林内を歩くだけで周囲360°の点群を連続取得できます。これらは依然高価ですが、地上固定スキャンより機動的に広範囲をカバーでき、ドローンでは捉えにくい林内の空隙も埋めるようにデータ取得できる点が魅力です。さらに手軽なアプローチとしては、スマートフォンによる点群スキャンがあります。2020年以降に発売された一部のスマホやタブレットには小型LiDARセンサーが内蔵されはじめ、専用アプリを使って身近なデバイスで簡易的に周囲の点群を記録できるようになりました。スマホ計測の最大の利点はその手軽さと圧倒的な機動力です。ポケットに入る端末ひとつで現地に赴き、ボタン一つでスキャン開始できるので、大掛かりな機材や特別な資格がなくても1人で素早く測定できます。点群取得後はクラウドサービスで即共有するといった使い方も可能で、現場でスキャンした森の3Dデータをその日のうちに関係部署と共有して対応策を検討するといったことも容易になります。もっとも現状のスマホLiDARは有効射程が数メートル~十数メートル程度と限られるため、一度にカバーできる範囲は限定的です。広い林地を調べるには自ら歩き回って小分けにスキャンし、得られた部分点群を後で合成する必要があります。また点群の密度・精度も、プロ仕様のTLSや高性能レーザには及びません。そのため数百メートル四方の大規模森林調査やミリ精度を要する場面では力不足ですが、逆に「精度数cmで数十m範囲」の用途であれば実用十分なレベルに近年達しつつあります。低コスト・軽装備で臨機応変に計測できるスマホやハンディ型機器は、森林センサスの現場にこれから浸透していく可能性を秘めています。
点群データと高精度位置情報:GNSS測位の重要性
3D点群スキャンを植生調査に活かす上で忘れてはならないのが、位置座標の精度です。どれほど詳細な点群データでも、それが地図上のどこに相当するか不明確では実用上大きな制約があります。例えば、ある年に取得した森林点群と5年後に再スキャンした点群を比較して変化を議論するには、両者が同じ座標系でピタリと重なっていなければ正しい差分は得られません。従来の地上型レーザースキャンでは、現場に測量用の既知点(ターゲット)をいくつか設置し、それを基準にして点群に測地系座標を与えるという手順が必要でした。同様に写真測量でも、対空標識や高精度のGPS情報でモデル全体を地理座標に合わせ込む処理が欠かせません。つまり、点群データを単な る「その場限りの3Dモデル」で終わらせず、GIS上で他の地理情報と統合したり時系列比較したりするためには、センチメートル級の測位精度で位置情報を取得することが鍵となるのです。
森林や山岳地帯では従来、GPSによる測位誤差が数メートル以上になることも珍しくありませんでした。樹木が電波を反射・減衰させるため衛星からの信号が乱れ、ハンディGPS端末では正確な位置が得にくかったのです。しかし近年は、GNSS(全球測位衛星システム)を利用した高精度測位技術が飛躍的に発達しています。特にRTK方式(リアルタイム・キネマティック)と呼ばれる手法では、基準局との相対測位により誤差数センチの位置特定が可能です。測量用の高性能GNSS受信機を使えば、森林内でも工夫次第で数cmオーダーの精度で測位できるようになってきました。例えばドローン搭載LiDARではRTK対応の受信機で機体の軌跡を高精度に記録することで、取得した点群にそのまま緯度・経度・高さを与えています。また、移動式のSLAMスキャナーでもRTK-GNSSと組み合わせれば、スキャン中の軌道を補正してドリフトの少ない安定した点群を得ることができます。
そして今、この高精度測位を飛躍的に手軽にしたのがスマートフォンRTKの登場です。例えばLRTK(スマホ+RTKの略称)のようなソリューションでは、スマートフォンに小型の高精度GNSS受信機を装着しリアルタイム補正情報を利用することで、従来数メートル誤差だったスマホGPSを即時に数センチ誤差まで高めることができます。専用アプリ上でレーザーやカメラによるスキャン機能と連動すれば、スマホひとつで取得した点群に最初からcm精度の位置座標が紐付くことになります。言わばスマートフォンが高精度の測量機器に変身するイメージで、取得データを後から基準点調整する必要もほとんどありません。日本では衛星測位補強サービス(例えば準天頂衛星みちびきの提供するCLAS信号)にも対応しており、山奥で携帯圏外でも衛星からの情報だけでセンチ級測位を続行できる工夫もなされています。こうした技術を使えば、調査員がスマホ片手に森林内を歩きながら樹木の点群データを次々と記録し、その場で各木の正確な位置や高さをマッピングするといったことも現実のものとなります。重機材を担いで入山せずとも、軽装備・短時間で森林のデジタルモデル化ができるようになるわけです。
このように、高精度GNSSと点群スキャンの融合は植生調査の実用性を格段に高めます。従来は専門家チームと重い機材が必要だった森林調査が、今やスマートフォンと小さな受信機で代用でき、結果もその日のうちにクラウドで共有できる時代になりつつあります。LRTKのようなスマホベースの測位技術は、現場でのデータ取得から解析までのプロセスを簡素化し、森林計測や環境モニタリングの担い手を増やすことにもつながるでしょう。点群スキャンとGNSSを組み合わせたこれらの取り組みは、植生調査をより高速に、より精密に、そしてよりスマートに変えていく原動力となっています。まさに3Dデータでバイオマスを見える化する新時代が到来しつつあると言えるでしょう。私たちが暮らす森や緑地を守り活かしていくために、デジタル技術を賢く取り入れた次世代の植生調査が今後ますます広がっていくことが期待されます。
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