導入: 赤外線検査の役割と直面する課題
赤外線検査(サーモグラフィーによる点検)は、設備やインフラの保守において重要な役割を果たしてきました。電気設備の異常発熱や機械部品の摩耗など、目視では捉えきれない異常を非接触で検知でき、安全かつ効率的に問題箇所を特定できる手法として広く活用されています。しかし、その有用性にもかかわらず、現場ではいくつかの課題が指摘されていま す。
第一に、赤外線検査は属人性が高い作業になりがちです。サーモグラフィーカメラが示す温度分布を正しく解釈し、異常の兆候を見極めるには、経験に裏打ちされた知識と勘が求められます。例えばベテラン技術者であれば「この程度の温度上昇なら許容範囲内」「この場所の発熱は負荷のかかり方によるものだ」など判断できますが、初心者には判断が難しく、人に依存した判断となってしまいます。
第二に、記録不足の問題があります。せっかく現場で多数の赤外線画像を撮影しても、異常が疑われる箇所以外のデータは報告書に簡単にまとめられるだけで、詳細な画像や測定値が十分に保存・共有されないケースがあります。これでは次回点検時に前回との比較ができず、設備の状態変化を定量的に追跡することが困難です。その結果、徐々に進行する劣化や小さな温度上昇(変化の見逃し)を見過ごしてしまい、重大な兆候を把握できないリスクがあります。過去の兆候が記録に残らないことで、「前触れもなく突然故障した」ように見えてしまう事態にも繋がりか ねません。
さらに、インフラや設備の老朽化が進み点検対象が増える一方で、熟練技術者の不足も深刻化しています。属人性や記録不足の課題を放置すれば、現場の負担は増大し、見落としによるトラブル発生リスクも高まりかねません。そこで今、赤外線検査にデジタル技術を組み合わせ、データを蓄積・分析することで「予知保全」へと昇華させる試みが注目されています。本稿では、赤外線検査が単なる不具合発見の手段から一歩進んで、時系列データと位置情報を活用した「予知点検」へ進化しつつある現状と、その鍵を握る技術について解説します。
なお、設備異常の予兆検知手法としては振動センサやIoT温度センサ等の活用も考えられますが、赤外線検査は非接触で広範囲を一度にチェックでき、センサ設置が困難な箇所でも柔軟に対応できる利点があります。こうした強みを活かしつつデータを活用することで、誰もが使いやすい形での状態監視が可能になるのです。
赤外線画像×位置情報×時系列データで生まれる「予知点検」
では「予知点検」とは何でしょうか。簡単に言えば、赤外線検査で取得した画像データに位置情報と時系列(時間経過)の観点を加え、設備の状態変化を立体的に捉える点検手法です。従来、サーモグラフィーによる点検はその場限りで異常箇所を見つけ出すことが中心でした。しかし予知点検では、各点検時の赤外線画像をいつ・どこで取得したかを紐付けて蓄積し、過去から現在に至る時系列データとして管理します。
このようにデータを蓄積することで、例えば「昨年と比べて同じ配電盤内の特定接続部が5℃温度上昇している」「半年ごとにモーターの軸受け部分の最高温度が徐々に上がってきている」といった微妙な変化を可視化できます。一度の点検だけでは正常に見えた箇所でも、時系列データを振り返ると劣化の兆候が浮き彫りになることがあります。まさにこのような異常兆候の検知こそが予知点検の狙いです。異常が大きな故障や事故に至る前に、早期のメンテナンス計画を立てることが可能になります。
予知点検の概念の重要な要素が「位置情報」です。ただ過去データを比べるだけではなく、どの設備のどの部分に対応するデータかを明確にしておく必要があります。赤外線画像に精密な位置タグが付与されていれば、時間だけでなく空間的にもデータを紐付けることができます。これによって「同じ場所・同じ対象物」の経年変化を正確に追跡でき、点検者が替わっても一貫した比較が可能です。例えば広い工場施設で数百枚の赤外線写真が撮影されたとしても、それらが施設内のどの位置で撮られたかが地図や図面上で管理されていれば、後から「問題があるのはどこか」「前回どの部位を撮影したか」を容易に把握できます。
このように、赤外線検査に位置情報と時系列の軸を取り入れる予知点検は、従来の予防保全(定期点検による故障防止)から一歩進んだ状態監視保全(機器の状態変化に基づく保全、いわゆる予知保全)の実践とも言えます。重要なのは、特別な固定センサーを設置しなくても、人が行う巡回点検のデータを賢く活用するだけで、設備のコンディションを見える化し、劣化の傾向を早めに掴める点です。言い換えれば、日常の点検業務をデータドリブンなものに変え、経験や勘に依存しない客観的な判断材料を得ることが予知点検の核となります。
LRTKで赤外線画像に高精度な位置・方位を付与する意義
予知点検を実現するには、赤外線画像に対して位置と方位の情報を高い精度でひも付ける必要があります。その鍵を握る技術が「LRTK」です。LRTKとは、高精度測位技術(RTK-GNSS)をスマートフォンで手軽に活用できるようにしたシステムで、専用の小型受信機とアプリによってスマホをセンチメートル級の測量機に変身させます。つまり、重たい測量機材を持ち歩かずとも、スマホひとつで高精度な位置取得と撮影が同時に行えるのです。通常のGPSでは数メートルの誤差が生じますが、LRTKを使えば屋外であれば地図座標上数センチの誤差以内で現在位置を取得可能です。またスマホ のセンサーと組み合わせてカメラの向き(方位・傾き)も記録できるため、撮影地点がどこで、カメラがどの方向を向いていたかという情報を詳細に残すことができます。
この機能を赤外線検査に応用すれば、撮影したサーモグラフィー画像ごとに「いつ・どこで・どの方向に向けて」撮影したものかが明確になります。例えば、広大なプラント内で撮影した配管の赤外線画像にも、「プラント南東部のタンクA周辺で、北西向きに撮影」といった位置・方位ラベルが付くイメージです。従来は人が手作業で「タンクA付近」などとメモしていた情報も、自動的に精密な座標データとして保存されるため、データの抜け漏れや誤記入が防げます。特に大規模インフラでは類似した設備が何基も存在するため、「どの画像がどの設備に対応するのか」混乱しがちですが、高精度な位置タグのおかげで写真と設備のひも付けが明確になり、過去データの検索や統合も容易になります。
また、LRTKによるセンチメートル精度の位置付けは、複数のデータを空間上で重ね合わせることを可能にします。異なる日時に撮影した赤外線画像同士を地理座標上で比較したり、現場の図面・3Dモデル上にプロットしたりできるため、時系列変化の分析が直感的に行えます。たとえば、前回と今回のサーモグラフィー画像を重ねて表示し、温度分布の違いを視覚的に確認するといったことも可能になります。
さらに、この高精度な位置情報はAR(拡張現実)技術とも親和性が高いという点も見逃せません。LRTKで取得した座標は現実空間の絶対座標(世界測地系など)に基づいているため、対応するARシステム上でずれなく表示できます。従来のARはマーカー合わせや磁気センサーによる簡易な位置合わせが主でしたが、LRTKの精密測位を用いれば、現場とデジタル情報を一体化して表示する際の信頼性が格段に向上します。このAR活用については次で詳しく述べますが、いずれにせよLRTKによって赤外線検査データに「位置の確かさ」が備わることは、予知点検のデータ基盤を支える重要なポイントとなります。
クラウドとARで進化する点検スタイル: 可視化・比較・共有
LRTKで収集した位置付きの赤外線データは、クラウドプラットフォーム上で一元管理することができます。これにより、現場で得られた膨大な画像や測定結果がデジタル履歴として蓄積され、必要なときにすぐ取り出して活用できるようになります。従来はファイルサーバや紙の報告書の中に眠っていた点検記録も、クラウド上で設備ごと・地点ごとに整理されるため、過去との比較や傾向分析が飛躍的に容易になります。例えば、ある設備の点検ページを開けば、時系列順に赤外線画像が並び、温度推移グラフやコメントが表示されるといった具合に、データが「見える」状態で保管されます。
さらに、クラウドにデータがあることで情報共有も格段にスムーズになります。離れた事業所やオフィスからでも、最新の点検結果を即座に確認でき、必要に応じて専門家の意見を仰ぐことも容易です。現場担当者が撮影した赤外線画像をアップロードすれば、ベテラン技術者が後からクラウド上でチェックしアドバイスするといったリモート協業も可能になります。これにより、現場経験の浅い担当者でも適切なサポートを受けながら点検 を進められ、属人性の低減と人材育成に繋がります。
AR(拡張現実)の活用によって、点検スタイルはさらに変革します。スマートフォンやタブレットを通して現場を映すと、クラウドに蓄積された過去の点検データや異常箇所の情報が現実空間上に重ねて表示されます。例えば、壁の向こう側にある配管の過去の温度異常箇所がARマーカーとして浮かび上がったり、目の前の設備に以前検出されたホットスポットの位置が色付きのシルエットで示されたりします。点検者は、現物を見ながら同時に履歴情報を参照できるため、現在と過去を直感的に比較しながら見落としなくチェックを行えます。また、次に確認すべき点検地点までARの矢印やガイドラインが誘導してくれる機能があれば、巡視ルートに沿って効率的に抜け漏れなく点検を実施できるでしょう。
このようなクラウドとARを組み合わせた点検スタイルでは、点検結果の可視化と共有がリアルタイムかつ双方向に行われます。現場で感じた違和感や発見した兆候は 、その場でデジタル記録され、AR表示によって誰の目にも明確に映し出されます。紙の報告書では伝わりにくかった「熱さ」や「場所」の情報も、視覚的なコンテキストとともに共有できるため、関係者全員が共通認識を持って対応策を検討できます。言わば、現場とデータと人がシームレスに繋がることで、生産性と信頼性の高い点検ワークフローが実現するのです。
予知点検導入のメリットと現場にもたらす変化
最新技術を取り入れた予知点検を現場に導入することで、従来の点検業務にさまざまなプラスの変化が生まれます。ここでは特に重要なメリットを4つ挙げ、それぞれ具体例とともに紹介します。
• 精度向上: 点検データの正確さと一貫性が飛躍的に向上します。例えば、これまでは点検担当者や撮影角度の違いで温度測定結果にばらつきが出ていましたが、高精度な位置・方位情報に基づき同じ箇所を計測できるため、データのブレが減少します。結果として「本当に異常なのか、それとも測定条件の差か」といった迷いが少なく なり、信頼性の高い判断が下せるようになります。
• 異常兆候の早期検知: 小さな異常の兆しを見逃さず捉えられるようになります。時系列データとして変化を追えるため、異常が顕在化する前のわずかな温度上昇や分布の変化を把握できます。例えば、とある変電設備では接続端子の温度が点検のたびに2~3℃ずつ上昇していることが発見され、故障や発煙に至る前に部品交換を行えたケースがあります。予知点検により計画的な予防措置が可能となり、重大事故や突発停止のリスクを低減できます。
• 業務の省力化・効率化: 点検作業そのものの効率が上がり、担当者の負担が軽減されます。ARナビゲーションによる点検ルート誘導や、自動記録による報告書作成時間の削減など、デジタル化によって無駄な手戻りや重複作業が減ります。例えば、従来は2人1組で半日かかっていた巡回サーモ点検が、タブレット一つで1人でも短時間で完了できたという報告もあります。また、異常が見つかった際の社内連絡や協議もクラウドを介して即座に共有・指示が行えるため、対応までのリードタイムが短縮します。
• 人材育成・技術継承の容易化: デジタル化された点検基盤は、人材育成にも寄与します。新人でもARによる現場ガイドに従って点検を進められるため、熟練者の背中を見て覚えるといった従来の属人的な教育に比べ習熟が早まります。さらに、クラウド上に蓄積された過去の点検データを参照すれば、「どんな異常がどのように現れるか」を学ぶ教材にもなります。ベテランが蓄積したノウハウがデータとして共有されることで、世代交代による知見の断絶を防ぎ、組織全体の技術レベル底上げにも繋がります。
以上のように、予知点検の導入は現場に確実なメリットをもたらします。精度と安全性の向上、業務効率化、そして人材育成と、様々な側面でDX(デジタルトランスフォーメーション)の成果が実感できるでしょう。点検作業が「勘と経験」頼りから「データとテクノロジー」支えへと変わることで、設備保全の現場は一段高い信頼性と生産性を実現できるのです。
結び: 日常巡視から始めるLRTK活用によるDXへの一歩
予知点検を実現するソリューションとして、赤外線検査とLRTK、クラウド、ARを組み合わせた手法は、設備保全の現場DXを力強く後押しします。実際、インフラ維持管理分野でもデジタル技術を用いた保全高度化(いわゆるメンテナンスDX)の取り組みが推進されており、DXというと大がかりなシステム導入や組織改革を想像しがちですが、実際には日常の巡視点検から少しずつ始められるものです。例えば、いつもの巡回業務にスマートフォンとLRTKデバイスを携行し、気になる設備を見つけたらサッと測位して写真を撮る——それだけでも立派なデジタルデータの蓄積です。こうした簡易測量・点検によって現場の情報をこまめにデータ化しておけば、後から振り返って傾向を分析したり、他の担当者と知見を共有したりする土台になります。
大切なのは、無理なく現場に受け入れられる形で技術を導入することです。LRTKを活用した位置情報付きの赤外線検査であれば、現場スタッフも直感的に使いこなせ、負担なく取り組めるでしょう。最初は限られた設備だけでも、データの蓄積効果を実感できれば徐々に範囲を広げていくことが可能です。その過程で点検業務の質が向上し、DXへの抵抗感も薄れ、いつの間にかデータ活用が当たり前の文化が根付いていくはずです。
赤外線検査の進化形である予知点検は、まさに日々の現場改善の積み重ねから実現できる未来志向のアプローチです。小さな一歩かもしれませんが、その積み重ねが将来の大きな成果に繋がります。例えば、蓄積したデータをAIが解析して異常予兆を自動検出したり、設備のデジタルツインの一部として活用したりする展開も将来的には期待できます。ぜひ身近なところから、赤外線検査×位置情報×時系列データの力を活用した予知点検に踏み出してみてはいかがでしょうか。
LRTKで現場の測量精度・作業効率を飛躍的に向上
LRTKシリーズは、建設・土木・測量分野における高精度なGNSS測位を実現し、作業時間短縮や生産性の大幅な向上を可能にします。国土交通省が推進するi-Constructionにも対応しており、建設業界のデジタル化促進に最適なソリューションです。
LRTKの詳細については、下記のリンクよりご覧ください。
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