建設業界の課題とi-Constructionの背景
日本の建設業界は長年にわたり人手不足と生産性の低さという課題に直面しています。建設就業者数は1997年の約685万人をピークに減少を続け、2022年には約479万人まで落ち込んでいます。また2022年時点で建設就業者の3割超が55歳以上、29歳以下は1割程度と、高齢化・若年層不足が深刻です。さ らに、建設現場は「きつい・汚い・危険」の「3K」イメージが強く、若者の参入が進まない要因にもなっていました。このような状況下で国土交通省はi-Construction(アイ・コンストラクション)という施策を2016年に打ち出し、建設産業の働き方改革と生産性向上に乗り出しました。
i-Constructionとは、測量・設計・施工・検査・維持管理といった建設プロセス全体に ICT(情報通信技術)を全面導入 することで生産性革命を目指す国交省主導の取り組みです。例えばドローンや3Dスキャナーによる3次元測量、建設機械の自動化施工、電子納品やリモート技術の活用など、最先端の技術導入によって 2025年度までに建設現場の生産性2割向上 を目標に掲げています。i-Constructionは人手不足や長時間労働の是正だけでなく、「きつい・汚い・危険」といった旧来の印象を刷新し「給与・休暇・希望」の“新3K”を実現する狙いもあります。要するに、少ない人員でも安全かつ快適に働ける生産性の高い現場を実現するため、政府と業界が一体となってデジタル変革(DX)を進めているのです。
点群データとは何か?
こうした流れの中で今、特に注目されている技術が「点群データ」の活用です。点群とは、その名の通り無数の「点」の集合で構成される3次元データのことです。各点には空間上のX・Y・Z座標値(位置情報)が含まれ、写真測量と組み合わせれば各点に色彩情報(RGB値)を持たせることもできます。例えば建物や地形を点群計測すると、その表面上の何百万という測定点がコンピュータ上に再現され、立体的な点の雲(クラウド)として表示されます(まるで現場を撮影した「3D写真」のようなイメージです)。専用の3Dレーザースキャナー機器やドローン空撮(写真測量)、さらには近年ではスマートフォンの簡易LiDAR機能など、さまざまな手段で点群データを取得できます。得られた点群は現実空間の形状を高精度にデジタル記録できる点が大きな特徴で、まさに現場のデジタルコピーを残す基盤技術です。そのため、点群技術は現実空間を仮想空間に再現する「デジタルツイン」を実現する鍵としても注目されています。
なぜ点群が今注目されるのか
① 業務効率・精度の飛躍的向上: 最大の理由は、点群データが 建設業務の大幅な効率化・高度化を可能にする からです。点群計測によって、測量から施工管理、出来形検査、維持管理に至るまで従来の手作業中心のプロセスを一変できる可能性があります。従来は人力や2次元図面で対応していた作業を、3Dデータによって短時間に正確・網羅的にこなせるようになります。例えば地上測量では測量士がトータルステーションで1点ずつ丁寧に測っていたものが、レーザースキャナーやドローンなら地表面を面的・連続的にスキャンでき、短時間で詳細な現況データを取得可能です。その結果、作業効率が飛躍的に向上し、複雑な地形や構造物の形状も漏れなく正確に捉えられます。高精度なデータをスピーディに集められる点が評価され、多くの企業・現場で導入が加速しているのです。また最新の3Dレーザースキャナー機器では、毎秒数十万~数百万点もの測点取得が可能で、極めて高密度な点群を短時間で得られます。これにより、今まで不可能だった詳細な三次元記録が日常的に行えるようになりました。
② 安全性と省力化のメリット: 点群活用は単に速いだけでなく、安全面や省力化でもメリットがあります。例えば高所や危険箇所の計測も、遠隔操作のドローンやレーザースキャナーなら作業員が立ち入らずに実施可能です。崖崩れの現場など人が近づけない場所でも空から現況取得でき、二次災害防止にもつながると評価されています。また一度取得した点群データを活用すれば現場の追加計測に何度も出向く必要が減り、移動時間や人員手配のコスト削減にもつながります。
③ BIM/CIM活用との親和性: 点群データは設計段階でのBIM/CIM(Building/Civil Information Modeling)の推進とも相まって注目されています。BIM/CIMとは建築物やインフラ構造物を3次元モデルで設計・施工・管理する手法ですが、点群は現実の出来形を3Dモデル化する手段として最適です。設計で作成した3次元モデル(BIMモデル)と施工中あるいは完成後に取得した点群を 重ね合わせて比較 すれば、図面や数値だけでは難しかった精密な照合が直感的に行えます。国交省も2023年にBIM/CIM活用ガイドラインを策定し、「3次元モデルや点群データ、GIS を目的に応じて活用し、建設事業の情報を統合管理することで受発注者間のデータ共有を容易にし生産性向上を図る」と明記しています。つまり点群は他の設計データ等と組み合わせることで、業務全体のデジタル連携を飛躍的に高める要となっているのです。
④ 政策による後押し: i-Construction施策そのものが3次元データ活用を柱に据えているため、国や自治体による制度面での後押しも大きな理由です。国交省は「ICT土工」など公共工事でのICT活用工事を推進し、関連する要領や基準類を整備してきました。その一つが出来形管理要領への3次元技術の導入です。従来、完成した構造物の出来形確認は限られた箇所の測点でチェックしていましたが、現在は 3次元計測技術を用いて構造物全体を点群データとして取得し、面的に出来形検査を行う 手法が推奨されています。例えば道路工事では仕上がった路面をドローンや地上レーザで点群化し、設計モデルと重ねて厚みや高さの差を ヒートマップ表示 で解析するといった高度な品質管理が可能です。国土交通省の公式要領でも「出来形管理で取得した点群データを完成図書に活用する」ことが明記され、3次元データを従来の図面・写真に代 わる記録として残すことが奨励されています。また、省庁や自治体はICT・点群導入を後押しするための補助制度も用意しています。中小建設企業向けには、生産性向上のための設備投資を支援する「ものづくり補助金」や、ITツール導入費用を支援する「IT導入補助金」などが利用可能で、3D測量機器や点群解析ソフトの導入費用に充てる企業も増えています。こうした政策面の支援があることで、点群技術は大企業だけでなく中小も含め業界全体で採用が広がりやすい環境が整いつつあります。
点群活用がもたらす現場の変革:具体例で見る効果
点群データの導入によって、実際の建設現場では何がどう変わるのでしょうか。ここでは 測量・施工管理・出来形検査・維持管理/防災 といった各分野での具体的な活用例と効果を見てみます。
測量の効率化・高度化
従来の 測量では、測量士がトータルステーションやGPS測量機を担いで 一地点ずつ 地道に計測する必要がありました。しかし点群計測(3Dスキャナー測量やUAV写真測量)の登場により、この常識が一変しました。レーザースキャナー機器を三脚に据えて回転させたり、ドローンにLiDARやカメラを搭載して飛行させたりするだけで、地形全体を面的かつ連続的にスキャンできます。短時間で広範囲の詳細な現況データを取得でき、後から必要な断面や面積・体積計算も自由自在です。その精度も年々向上しており、地上レーザ測量ではミリ単位の誤差で数百万点の座標を取得できる機種もあります。例えばあるダム建設予定地でドローン点群測量を実施したところ、わずか半日で人力では数日かかる範囲の地形データを取得し、盛土量算出や施工計画立案を迅速化できたケースも報告されています(従来比で測量作業の大幅な効率化)。このように点群測量は測量士の負担軽減と成果の高精度化を同時にもたらし、インフラ計画の迅速化・最適化に貢献しています。
施工管理と遠隔臨場への活用
施工中の現場管理にも点群技術が活躍しています。工事の各工程で定期的に現場を3Dスキャンしておけば、進捗状況の見える化や出来形の品質チェックを効率的に行えます。例えばコンクリート構造物の打設後に現場を丸ごと点群測定し、あらかじめ用意した設計3Dモデル(BIMデータ)と重ね合わせて比較することで、構造物の位置・形状が図面どおりか一目で確認できます。従来は墨出しや目視で確認していたズレも、点群データ上で色の差異などにより可視化できるため、手戻り防止や精度向上につながります。
さらに近年注目の遠隔臨場(リモート立会い)にも関連する技術です。遠隔臨場とは、現場での検査立会いや打合せを ウェアラブルカメラや通信ネットワーク を活用してオフィス等からリモート参加する仕組みです。ICT技術の発達により実現したこの手法は、ベテラン監督員が複数現場を遠隔で掛け持ちしたり、高所作業の様子をその場にいなくても確認・指示できたりするようになり、人材不足や技術継承の課題解決策として注目されています。国交省は遠隔臨場の実施要領(案)を示し、通信環境整備やカメラ映像の品質確保など運用ルールを整えつつ試行を重ねています。例えば北海道のトンネル工事では、現場職員が着用するカメラ映像を本社の技術者が確認し、その場で適切な指示を与えるといった遠隔支援が行われました。これにより移動時間を削減しつつ、複数の専門家が同時に現場をチェックできるようになり、生産性と施工品質の両立に寄与しています。
点群データはこの遠隔支援とも親和性が高い技術です。リアルタイムに取得した点群をクラウド経由で共有し、離れた場所から現場の3Dモデルを眺めながらディスカッションするといった応用も将来的には可能になるでしょう。実際、大手ゼネコンでは現場定点のレーザースキャンをクラウド送信し、複数拠点で施工状況を評価する試みも進んでいます。施工管理に点群と遠隔技術を組み合わせることで、「現場にいなくても現場を把握できる」新しい管理手法が現実味を帯びています。
※企業事例: 鴻池組では、地盤沈下が懸念される現場でドローンによる定期点群計測を実施し、取得データを自社開発ソフトで設計3Dデータと比較して沈下量をヒートマップ表示することで日々の変位管理に活用しています。このように点群データを使えば、肉眼では捉えにくい微小な動きも可視化でき、施工中の安全管理や品質管理を高度化できるのです。
出来形管理(検査)への活用
出来形管理とは工事完了後の構造物や地形が設計どおりに出来ているかを検証・記録する工程です。点群技術の導入によって、この出来形管理も大きく効率化・高度化されています。従来は完成物のごく一部について、測点間を距離計で測ったり、高さをレベルで測定したりして設計値との差をチェックしていました。しかし点群を使えば構造物全体を対象に詳細な出来形検査が可能です。例えば道路工事では、仕上がった路面をドローン写真測量や地上レーザースキャンで3次元点群化し、設計の3Dモデルと重ね合わせて路面の厚みや高さを面的に解析できます。限られたサンプル点だけでなく面全体で品質を評価できるため、検査精度が飛躍的に向上します。また点群データは完成時の詳細なデジタル記録として保存できる点も重要です。例えば古い橋梁やトンネルで図面が散逸していても、竣工時の点群さえ残っていれば後から正確な現況図や3Dモデルを起こすことができます。国土交通省も出来形管理要領の中で 完成図書への点群データ活用 を推奨しており、実際に点 群を電子納品の成果品とする自治体も現れています。
※自治体事例: 静岡県は先進的な取り組みとして、土木工事の完了図(従来は2次元の紙図面)に代えて 点群データを納品させる独自方式 を導入しています。これは全国でも珍しい試みで、完成したインフラの形状そのものをデータで蓄積しようという狙いです。静岡県はi-Constructionをきっかけに県内で取得した道路や河川等の点群データを「静岡ポイントクラウドDB」として蓄積・公開しており、誰もが無料で利用できる国内初のオープンデータサイトを開設しました。このように行政が率先して3次元成果の納品・公開を進めることで、点群活用の新常識が生まれつつあります。
維持管理・防災への活用
インフラの維持管理(メンテナンス)分野でも点群データは大いに力を発揮します。橋梁・トンネル・ダムといった構造物では、定期点検時に構造物全体を3Dスキャンして点群化しておけば 、次回点検時に前回との点群データを比較して微細な変位を検知することが可能です。例えばトンネルの内空断面を毎年スキャンして重ねれば、経年によるわずかなたわみや変状を早期に捉えられます。さらに取得した高密度点群に高解像度の写真テクスチャを重ね合わせて解析すれば、コンクリート表面の0.1mm幅のひび割れすら検出でき、劣化の進行を定量的に把握できます。これらは従来、人の目視や打音検査に頼っていたインフラ点検を客観データに基づく予防保全型へとシフトさせるものです。国や自治体も3次元点群を活用したインフラモニタリングのガイドライン整備を進めており、老朽インフラの維持管理高度化に向けた社会実装が始まっています。
また、防災分野でも点群は有用です。地震や豪雨で被災した構造物や斜面をドローンで速やかに空撮して点群化すれば、崩壊土砂の体積や被害範囲を迅速に把握できます。従来は土砂災害現場で職員が危険を冒して写真撮影・測量していた場面でも、点群データなら安全な場所から状況を分析可能です。例えば静岡県では、防災先進県として培ったノウハウを活かし、取得した点群データから建物や樹木を除去して裸地形だけを抽出することで斜面の危 険箇所をスクリーニングする取り組みを行っています。さらに被災前後の点群を比較して崩壊土量を算出したり、土砂堆積箇所の断面図を即座に作成したりすることで、早期の復旧計画立案に役立てています。このように点群データは災害対応を迅速化し二次災害のリスクを減らすツールとしても期待されています。
点群を軸にした建設DXの今後
点群技術の普及により、建設業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)は今後ますます加速すると見られています。国土交通省は2024年から「i-Construction 2.0」と称して、生産性1.5倍(=2040年までに現場省人化30%)を目標に据えた新展開を打ち出しました。その柱の一つが データ連携のオートメーション化 であり、測量・設計・施工・維持管理で扱う全ての情報を3Dモデルや点群データ、GIS等で一元管理し、受発注者間でシームレスに活用・共有できる基盤づくりが進められています。例えば国交省はBIM/CIM活用を前提とした統合的な情報管理ルール「BIM/CIM取扱要領」を策定し、将来的には紙の図面や単独ファイルのやり取りではなくデジタルツイン上でプロジェクトを完結させる世界を目指しています。点群データはそのデジタルツイン実現に不可欠な要素技術であり、現場のリアルタイムな状況把握や出来形の即時フィードバックに活用されるでしょう。
自治体レベルでも、都市スケールの点群活用が進んでいます。東京都は「スマート東京」の実現を目指すデジタルツインプロジェクトの一環として、都内全域の高精度3次元点群データ整備を行いました。2024年には23区部の点群データを含め都内ほぼ全域のレーザ測量点群を取得し、誰でも閲覧・利用できるオープンデータとして公開しています。このデータは今後、防災や都市計画、インフラ管理、観光案内など様々な分野での活用が期待されています。実際、東京都は公開データを閲覧できる3Dビューアサイトを設置し、民間によるサービス開発や研究利用も奨励しています。点群という都市の「3Dスナップショット」を共通基盤にすることで、災害時の被害想定や避難誘導シミュレーション、老朽建物の記録保存、さらにはVR/ARコンテンツの背景データなど、多彩な利活用が進むでしょう。
今後はこれらの点群データにリアルタイム性を持たせ、動的な情報(センサー IoT データ等)と組み合わせた高度なデジタルツイン へ発展させる動きも予想されます。例えば橋梁にセンサーを取り付け、振動やひずみデータを点群モデル上に重ねて解析することで、構造健全度をリアルタイム監視するといった応用です。またAI技術との融合もカギです。大量の点群から異常箇所を自動検出したり、施工プロセスをAIが解析して最適化案を提示したりと、点群×AIによるスマート建設が実現するかもしれません。
まとめ: 点群技術は単なる計測手法に留まらず、建設業の様々な局面で 「現実をデジタル化して活用する」 という新たな価値を生み出しています。i-Constructionが後押しする形で、点群は今や測量会社や建設会社のみならず行政や社会インフラ全体に広がりつつあります。その結果、生産性向上はもちろん、安全性の飛躍的向上や働き方改革(リモートワークの促進など)にもつながっています。今後も政策と技術革新の両輪でこの流れは加速し、点群データを軸にした建設DXは、デジタルツインやスマートシティの実現を通じて私たちの暮らしと社会基盤を大きく変えていくことでしょう。
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