「iPhoneスキャン」が土木現場で注目されています。 近年、建設業界では慢性的な人材不足に対し生産性向上が強く求められており、国土交通省主導でICT技術の活用(いわゆる *i-Construction*)が推進されています。そんな中、手軽で低コストに現場の3次元計測ができる iPhoneの3Dスキャン(点群スキャン)が脚光を浴びています。従来は高価なレーザースキャナー等の専門機器が必要だった3D測量も、スマートフォンひとつで代用できれば大幅なコスト削減と効率化につながります。本記事では、「iPhoneスキャン」の基礎から土木分野での活用方法までを解説します。安価なiPhoneによる点群取得で何ができるのか、そして将来はどのように進化していくのかを一緒に見ていきましょう。
iPhoneスキャンとは何か?
iPhoneスキャンとは、iPhoneやiPadに搭載されたセンサーとカメラを使って周囲の環境を3次元データ化(点群化)することです。点群(点群データ)とは、ドローン写真測量やレーザースキャナー等で取得した多数の点の集合体で、各点にはX・Y・Zの座標(場合によりRGB色情報も)が含まれます。膨大な点の集まりを処理することで、現場の状況を写真のようにリアルな3Dモデルとして再現でき、設計データとの比較や施工進捗の管理に役立ちます。iPhoneで取得できる点群も同様に、現場の形状を詳細に記録したものです。
iPhoneの上位モデル(iPhone 12 Pro以降やiPad Pro 2020以降)には「LiDAR(ライダー)センサー」と呼ばれる赤外線レーザー計測装置が搭載されています。このLiDARはレーザー光を対象物に照射し、反射して戻ってくるまでの時間から距離を高速に測定する技術です。この飛行時間測距によって、周囲の形状を点群データとして取得できます。例えば33.3ナノ秒後に反射光が戻れば約5m先の物体という計算になり、このような測距を毎秒数百万回行いながら空間中の点の集まりを取得します。その結果、iPhone上で 瞬時に周囲が点群化される様子を目にすることができます。
iPhoneのLiDARセンサーはおよそ有効範囲5m程度で近距離の空間把握に適しています。LiDARで取得した多数の深度ポイントを合成することで、その場で手軽に3Dモデル(点群)を生成できます。一方で、LiDAR非搭載のiPhoneや遠距離の対象物には写真測量(フォトグラメトリ)によるスキャンも活用されます。写真測量では対象物を様々な角度から多数撮影し、画像解析によって3D形状を再構築します。最近のアプリはLiDARとカメラの併用にも対応しており、LiDARの点群に写真のディテールを加えることで欠損の少ない精度の高い点群生成が可能です。たとえばPix4D社のアプリでは、iPhone内蔵のLiDARとカメラで取得したデータを組み合わせて点群を作成し、抜け落ちを防いでいます。
iPhoneスキャンの最大の魅力は手軽さと低コストにあります。原理的には高精度なレーザースキャナーと同じ仕組みですが、スマホ内蔵ということで価格は桁違いに安価です。その分、得られる点群の精度や範囲は専用機器に劣るものの、現場で 必要とされる十分な情報を得られるケースも多く、「どこまで精度を求めるか」が使い分けのポイントと言えるでしょう。実際、iPhoneのLiDARスキャナーは室内寸法の計測や設備配置の確認、ARによるシミュレーションなど様々な分野で既に活用が始まっています。土木の世界でも、手軽なiPhoneスキャンを現場計測の入門ツールとして使い、新しい業務効率化に挑戦する動きが広がっています。
土木業務での活用例
土木・建設分野において、iPhoneで取得できる点群データは次のような業務で活用が期待されています。
• 出来形管理(出来形計測): 施工後の盛土や掘削、構造物の形状をスキャンし、設計図面や規格値と比較して出来形(出来高)を確認できます。例えば法面の勾配や舗装厚を点群データから断面抽出して検証したり、橋脚や擁壁の形状を3Dモデルで記録したりできます。膨大な点群による出来形管理手法は国の要領も整備されており、iPhoneで取得した点群を用いた簡易な出来形検査にもつながります。従来は人力で計測・記録していた作業が効率化し、短時間で精度よく出来形確認が可能になります。
• 土量計算(数量算出): 掘削土量や盛土体積の算出にも点群データが有効です。iPhoneスキャンで現地の地形や堆積土の形状をとらえ、点群データ同士の比較やデジタル表土モデル(DTM)との差分計算によって土量を算出できます。例えば、ある掘削現場でiPhoneスキャンにより即座に土量を算出し、埋め戻しに必要な材料量の把握や残土処理の計画に役立てたケースもあります。従来は測量班の計測結果を待っていた土量計算も、その場で可能になることで工事全体の迅速な意思決定につながります。
• 杭位置確認・墨出し: 杭打ち工や構造物の位置出しにおいても、iPhoneスキャンが活用できます。設置済みの杭の位置を点群上で計測し、設計位置とズレがないか確認したり、逆に設計データをAR表示して現地で杭打ち位置を指示したりといった使い方です。例えば、地面に打設した杭頭の点群データから座標値を取得し、図面座標と照合することで、杭の水平位置や高さのずれをチェックできます。iPhone単体の場合、取得点群には絶対座標が含まれないため測量座標系との整合が課題ですが、既知点との照合や後述す るRTK連携により高精度な位置確認も可能です。簡易な現場検測として、若手技術者でも扱えるツールになるでしょう。
• ARによる可視化・検証: iPhoneの強みであるAR(拡張現実)機能と点群データを組み合わせれば、これまでにない現場可視化が可能です。例えば、埋設管工事では埋め戻し前にiPhoneで管をスキャンし点群データを取得しておき、埋設後にその管の位置や深さをAR表示で透視するといった使い方が実現しています。従来は埋設物の記録に写真撮影や手描き図面が必要でしたが、点群とARを活用すれば誰でもスマホ越しに地下の状況を把握でき、掘削時のヒヤリハット防止にも役立ちます。また施工中の構造物に設計BIMモデルを重ねて表示し、出来形の過不足や干渉をその場で確認するといったAR活用も考えられます。iPhoneでの点群計測からAR活用まで一貫して現場で完結できるため、日常業務で3D・ARを使いこなす時代がすぐそこまで来ています。
iPhoneスキャンの実践的なやり方
では、実際にiPhoneで点群スキャンを行う方法を詳しく見ていきましょう。必要 な機材やおすすめアプリ、そして撮影手順のコツからデータ活用法まで順を追って解説します。
必要な機材・準備
対応するiPhoneまたはiPad – LiDAR搭載の機種が望ましいです。具体的には *iPhone 12 Pro / 13 Pro / 14 Pro* などProシリーズ、および *2020年以降のiPad Pro* が該当します。これらのデバイスなら特別なセンサーを追加せずに3Dスキャンが可能です。LiDAR非搭載のiPhone(無印や旧モデル)でも写真測量モードでスキャン可能ですが、リアルタイム性や精度ではLiDAR搭載機種に劣ります。
アクセサリ・周辺機器 – 基本的にスマホ単体で構いませんが、より精度良くスキャンしたい場合はデバイスの安定化がポイントになります。撮影時の手ブレは点群データの位置ズレを引き起こすため、可能なら三脚やジンバルでスマホを固定・安定させると良いでしょう。特に広い範囲を歩き回ってスキャンする際は、 ジンバル(スタビライザー)を使うとブレが軽減されスキャン精度向上に寄与します。またバッテリー消耗も激しいため、長時間の現場スキャンではモバイルバッテリーを携行することをおすすめします。屋外では日射で端末が高温になる恐れもあるので、直射日光を避ける・適宜休ませるなどの配慮も必要です。
高精度測位機器(必要に応じて) – 測量業務で精度要求が高い場合、iPhoneに取り付けられる小型GNSS受信機(いわゆる RTK受信機)の活用も検討しましょう。例えば*LRTK Phone*のようなRTK-GNSSモジュールをiPhoneに装着すれば、取得する点群にリアルタイムで緯度経度などの高精度位置情報を付与することが可能です。このようなRTK連携により、iPhone単体では難しい公共座標系での点群計測も実現できます。RTK機器は必須ではありませんが、後述する将来展望として覚えておくと良いでしょう。
推奨アプリの選択
iPhone向けには数多くの3Dスキャンアプリが提供されていますが、中でも土木分野での 利用に適した代表的なものを紹介します。
• Polycam(ポリカム) – 世界的にユーザーが多い人気アプリです。LiDARによるリアルタイムスキャンだけでなく、写真を使った高精細なフォトグラメトリ機能も備えています。取得した点群データやメッシュモデルはアプリ内で即座に閲覧でき、LASやPLY形式でエクスポートすることも可能です。UIが洗練されており操作も簡単なので、初めての方にもおすすめです。
• Scaniverse(スキャニバース) – LiDAR搭載機種に対応した無料の3Dスキャンアプリです。スマホ上で全ての処理が完結するため、撮影後わずか1~2分程度で点群や3Dモデルが生成できます。結果をすぐ確認したい現場では大きな利点でしょう。点群データはPLYやLAS形式で出力可能で、位置情報をオンにすればスキャン時のGPS情報を含むLASファイルを生成できます。Scaniverseは手早く結果を得たい場合や、とりあえず無料で試してみたいユーザーに適しています。
• OPTiM Geo Scan(オプティムジオスキャン) – 日本のOPTiM社が提供するスマホ測量アプリです。iPhone/iPadのLiDARとカメラで点群を取得し、現場の既知点座標やネットワーク型RTK-GNSSから得た測位情報で補正することで、3次元点群を簡易に取得・出力できるのが特徴です。つまり、あらかじめ設定した基準点やRTKによってスキャンデータを測量座標系に合わせて記録できるため、本格的な現場測量への活用が可能です。土木・建設向けに開発されており、点群のクラウド管理や図面化など業務利用を見据えた機能も充実しています。
上記の他にも、Apple純正の「3Dスキャナー」アプリ(サードパーティ製ですがApp Storeに存在)や、BIMデータ計測向けの「SiteScape」、写真特化の「PIX4Dcatch」など用途に応じたアプリがあります。それぞれ特徴がありますが、まずは手軽さと出力機能のバランスが良いPolycamやScaniverseから試してみると良いでしょう。
撮影・スキャン手順
実際のスキャン操作はアプリによって多少異なりますが、一般的な流れは次のとおりです。
• 事前準備: スキャン対象エリアの安全を確保し、邪魔な物や人の往来を可能な範囲で制限します。iPhoneのLiDARセンサー部分(背面の黒い小穴)が汚れていないか拭き取り、アプリを起動して準備完了画面を表示します。必要に応じて解像度やスキャンモード(LiDAR/写真)などアプリ設定を確認します。
• スキャン開始: 対象物またはエリアに向けてiPhoneを構え、アプリの指示に従ってスキャンを開始します。LiDARスキャンの場合は録画をする感覚で、カメラをゆっくりと動かしながら周囲を歩いていきます。開始直後は位置合わせのため、対象に近づきすぎず適度な距離(1~3m程度)から撮り始めると良いでしょう。フォトグラメトリの場合は画面上のシャッターボタンを押しながら、対象をぐるりと囲むように多数の写真を撮影していきます(被写体全体をカバーするため最低30枚以上は撮影推奨)。
• 移動・撮影: 重複エリアを確保しつつ少しずつ移動し、見える範囲を広げていきます。屋外の地形であれば格子状に歩いてカバーしたり、構造物であれば一周回って全方向から撮影します。スマホを動かすスピードはゆっくり一定に保ち、急な振り向きやジャンプは避けます。高所や裏側など死角になる部分は、角度を変えたりデバイスを上下に動かしたりしてセンサーを向けます。途中でアプリの画面上にリアルタイムの点群モデルや警告(トラッキングロスト等)が表示されるので、隙間や抜けが無いよう適宜戻ったり補完したりします。
• スキャン終了: 一通り対象を撮り終えたら、スタート地点付近に戻ってもう一度重ね撮りするなどすると精度向上に有効です(ループクロージャといって、始点と終点を結ぶことで歪みを低減できます)。最後にアプリ内の「完了」「停止」ボタンを押してスキャンを終了します。フォトグラメトリの場合はこの後、自動的にクラウドまたは端末内で画像解析が行われ、3Dモデル生成がスタートします。
• データ確認・保存: 処理が完了すると、スマホ画面上に取得できた点群または3Dモデルが表示 されます。その場で欠損箇所や異常がないか確認しましょう。もし一部取りこぼしがあれば、追加でその部分だけスキャンし直しデータを補完できるアプリもあります。問題なければデータに名前を付けて保存します。必要に応じて、後述の方法で点群データをエクスポートしておきます。
以上が基本的な流れです。最初は勝手が掴みにくいかもしれませんが、何度か試すうちにスムーズに計測できるようになるでしょう。
スキャンを上手に行うコツ
より精度の高い点群データを得るためのポイントやコツをいくつか紹介します。
• ゆっくり丁寧に動く: スキャン中は急ぎたくなる気持ちを抑え、ゆっくり均一な速度で移動します。LiDARスキャナは無数の点を連続取得していますが、動きが速すぎるとデータが粗くなり精度低下や歪みの原因となります。特に複雑な形状 や狭い室内では慎重に動かしましょう。写真測量でもブレのない写真を撮るため、焦らずに一枚一枚安定させて撮影することが重要です。
• 適切な距離と角度を保つ: 対象物との距離が遠すぎると点群の密度が低下し、細部が捉えられなくなります。LiDARでは概ね2~3m程度の距離が高密度点群を得やすく、5mを超えるとセンサー範囲外になる恐れがあります。一方近づきすぎも視野が狭まり非効率なので、適度な距離をキープします。また極端に斜めの角度からだとレーザーが反射しづらくデータ抜けが起きやすいです。なるべく対象に正対するかたちで撮影し、難しい箇所は角度を変えて複数回スキャンすると良いでしょう。
• 特徴を捉えトラッキング維持: スキャンアプリはカメラ映像中の特徴点やLiDAR形状から自身の位置を推定しています(ARトラッキング)。そのため、無地で特徴のない壁だけを写し続けると位置見失い(トラッキングロスト)を起こしやすくなります。適度に周囲の物体や地形もフレームに入れ、常に特徴が映るよう意識しましょう。例えば床や壁にマーキングテープを貼って目印を増やす方法もあります。万一トラッキングが外れた場合、慌てず少し戻って

