建設業界では近年、BIM(Building Information Modeling)の導入が次世代のプロジェクトを支える鍵として注目されています。BIMとは建築物やインフラの情報を3次元モデル上で一元管理する手法で、設計・施工から維持管理までの全ライフサイクルに関わる情報を統合するものです。従来の2次元図面中心の業務と比べて、BIMを活用することで関係者間のコラボレーションが飛躍的に向上し、手戻り作業の削減や工期短縮、コスト最適化が可能になります。世界各地の大型プロジェクトでは、BIMによってこれまで不可能だった複雑な設計や効率的な施工管理が実現しており、まさに次世代建設を牽引する存在となっています。
本記事では、世界が注目するBIM活用事例10選として、 各国の先進的な建設プロジェクトを紹介します。超高層ビルから大規模インフラ、文化遺産の改修まで、多様な分野でBIMがどのように活用され、どんな成果を上げているのか見ていきましょう。
1. ロンドン・クロスレール(イギリス)
ヨーロッパ最大級の鉄道インフラ計画であるロンドンの「クロスレール(エリザベス線)」プロジェクトでは、BIMが統合的な情報管理プラットフォームとして大きな役割を果たしました。総工費約240億ドルにおよぶこの都市鉄道建設では、60社以上の主要施工業者と25社の設計コンサルタントが参画し、共通データ環境(CDE)上で膨大な設計図書やモデルを共有しています。
2008年から2012年にかけてBIMレベル2の環境を整備し、プロジェクト開始当初からすべての情報を一元管理することで、「単一の真実の情報源」を実現しました。異なる企業やチームがそれぞれ独自のシステムを使うのではなく、全員が同じフォーマット・ルールでデータを扱うことで設計変更や承認プロセスを円滑にし、将来の運用・保守段階でも資産情報を有効活用できる基盤を構築してい ます。また、建設中に仮想空間上で鉄道システム全体をシミュレーションすることで、物理的な工事とデジタル上の検証を並行して進める手法を採用し、施工段階でのトラブルを事前に防ぎました。クロスレールはBIMの大規模活用によって、複雑な都市鉄道プロジェクトを予定調和に進められた好例と言えるでしょう。
2. ドーハメトロ(カタール)
中東カタールで進められた「ドーハメトロ」は、BIMの持つ4D・5D機能を駆使した次世代施工管理の代表的事例です。ドーハメトロでは市内を結ぶ4路線の地下鉄網を新設する巨大プロジェクトにおいて、4D BIM(3Dモデルに時間軸を統合)と5D BIM(さらにコスト情報も統合)を導入しました。これにより、3次元モデルに沿って工事の進行を時間軸とともに可視化し、建設シーケンスの最適化を図っています。
例えば、施工段階ではBIM上で工事のアニメーションを作成することで、各工区の作業手順やクレーンの動き、資材搬入のタイミングなどを事前にシミュレーションし、効率的な工程計画を立案しました。また、5D BIMによりモデルから自動的に数量集計や予算管理が行われ、見積や資材調達の精度が飛躍的に向上しています。プロジェクト関係者はクラウド経由で最新のモデル情報と施工スケジュール・コスト情報を共有できるため、意思決定のスピードアップと情報齟齬の解消につながりました。ドーハメトロはBIM活用により工期短縮とコスト削減を達成し、将来の中東地域における交通インフラ整備のモデルケースとして世界的にも注目を集めています。
3. 上海タワー(中国)
中国・上海に建つ上海タワー(高さ632m、121階建て)は、世界有数の超高層グリーンビルディングとしてBIM活用の成功例に挙げられます。国際設計チームにより計画されたこの大規模プロジェクトでは、30を超えるコンサルタント会社や施工業者が関与し、設計から施工まで一貫してBIM上でコラボレーションが行われました。
上海タワーは内部が9つのセクション(「垂直に積層された9つの街区」)に分かれる独特の構造を持ち、二重外壁など最先端の省エネ技術を備えた持続可能な超高層建築です。こうした複雑な設計を実現するために、BIMモデル上で建築、構造、設備(MEP)の各チームがリアルタイムに干渉チェ ックと設計調整を繰り返し、施工前に潜在的な衝突箇所を洗い出しました。BIMによる精密な3Dモデルは数百万点に及ぶ部材情報を管理し、施工段階では多国籍なプロジェクトメンバー間で共通言語となって機能しました。また、環境性能シミュレーションにもBIMデータが活用されており、風環境や日射シミュレーションによって最適な形状・ファサード設計を検討することで、超高層でありながらエネルギー効率の高い設計を実現しています。上海タワーはBIMの力で設計・施工プロセスを高度に統合し、スケールと持続可能性を両立させた事例として注目されています。
4. 南京国際青年文化センター(中国)
中国南京市にそびえる南京国際青年文化センターは、ザハ・ハディド・アーキテクツが設計した未来的なツインタワーと文化施設の複合プロジェクトです。2014年のユースオリンピック開催に合わせて建設されたこのセンターでは、BIMが複雑な施工手法の実現に寄与しました。
特徴的なのは、中国初の「トップダウン(上部工)とボトムアップ(下部工)を同時進行する施工法」が採用された点です。上下から同時に建設を進めるには綿密な計画と協調が不可欠ですが、BIMモデル上で構造フレームやコアの進捗を詳細にシミュレーションすることで、上下の工事が正確に合流するよう管理されました。設計段階でも、ツインタワーの流線型フォルムや不規則に配置された窓・パネルのデザインをBIMで緻密にモデリングし、曲面ファサードの製作精度を確保しています。また、センター内部には会議場やホテル、劇場など多機能な施設が集約されていますが、各設備の配置や動線計画もBIMによって検証され、空間の有効活用と利用者の快適性が両立する設計となりました。南京国際青年文化センターは、斬新なデザインと高度な施工技術をBIMが支えたことで知られており、中国における先進的BIMプロジェクトの一つとして世界の建設業界からも注目されています。
5. 北京大興国際空港(中国)
「空飛ぶ巨大な星魚」とも称される中国の北京大興国際空港は、BIMによる大規模インフラ構築の代表例です。北京第2の国際空港として2019年に開港した大興空港は、延べ床面積70万平方メートルを超える単一ターミナルビルとして世界最大級の規模を誇ります。この未来的な空港建築を実現するにあたり、設計段階からBIMと高度なデジタル技術が活用されました。建物全体が5本の指を広げたような独特の形状をしており、複雑に湾曲する屋根構造や多数の支柱を効率的に施工するために、3次元モデルに基づく詳細な施工計画が策定されています。
この未来空港では、BIMモデル上で構造部材や空調・電気設備のレイアウトを最適化することで、14万トンに及ぶ鉄骨構造の精度管理や、数万人規模の利用者動線の検証が行われました。また、建設中は膨大な数の関係者が同時に作業する必要がありましたが、クラウド上のBIMプラットフォームで最新図面や変更情報を共有することで、設計・施工間のコミュニケーションロスを最小限に抑えています。さらに、空港完成後もBIMデータが施設管理(FM)に活用され、設備機器のメンテナンス計画やエネルギー監視などに生かされています。北京大興国際空港は、BIMがメガプロジェクトの効率化と品質向上に貢献した象徴的な事例として、世界中から注目を集めました。
6. ランツェルヴァ橋(ノルウェー)
北欧ノルウェーで建設されたランツェルヴァ橋(Randselva Bridge)は、「図面レス施工(ドローレス建設)」の先駆けとして知られるユニークなプロジェクトです。全長634メートルにおよぶこの橋梁は、従来の2次元施工図を一切作成せず、完全に3Dデジタルモデルに基づいて施工が行われました。
設計を担当したSweco社は、BIMソフトウェアを活用し、橋梁部材の詳細な3Dモデルと共有プラットフォームを構築。設計図面の代わりにIFC形式のモデルデータを用いて施工者に情報提供し、鉄筋の配置やケーブルの緊張工程など、必要な情報の95%以上をデジタル上で伝達しました。施工現場ではタブレット端末を使って常に最新の3Dモデルにアクセスし、フィールドでの測量作業や手戻りを大幅に削減しています。その結果、図面の読み取り違いや情報更新の遅れによるミスを防ぎ、工期短縮とコスト削減にも成功しました。ランツェルヴァ橋は、世界的なBIMアワードで最優秀インフラプロジェクト賞を受賞するなど、BIMを活用した革新的施工の成功例として評価されています。デジタルモデルだけで橋を作り上げた本プロジェクトは、将来のインフラ建設における新たなスタンダードを示すものとして注目に値します。
7. シドニー・オペラハウス改修(オーストラリア)
ユネスコ世界遺産にも登録されているオーストラリアのシドニー・オペラハウスでは、歴史的建造物の 大規模改修にBIMが活用されました。20世紀を代表するモダン建築であるオペラハウスは、完成から約半世紀を経て内部設備の更新と機能向上が課題となっており、2010年代後半に約2億2,200万豪ドル(約160億円)の予算を投じた改修プロジェクトが実施されました。
最大のコンサートホールの音響改善やバリアフリー対応エレベーターの新設、照明・音響設備の最新化など、多岐にわたる改修工事に際し、まず既存構造の詳細なBIMモデルが作成されています。長年オペラハウスの設計に関わってきたエンジニアチームは、館内隅々まで3Dレーザースキャンを行い現況モデルを構築。これによりオリジナルデザインを損なうことなく新設備を組み込むための綿密な計画が可能となりました。特に天井走行式の大型スピーカーや照明バトンを追加するにあたり、既存屋根構造との干渉を避ける補強案をBIM上で検討し、安全性とデザイン性を両立した改修を実現しています。また、改修設計の監修にはオペラハウスのオリジナル建築家ヨーン・ウッツォン氏の息子ヤン・ウッツォン氏が携わり、BIMモデルを用いた協議によって建物の文化的価値を守る配慮がなされました。シドニー・オペラハウス改修プロジェクトは、BIMが歴史的建造物の保存と機能向上の両立に貢献した例として、建築関係者から高く評価されています。
8. サグラダ・ファミリア聖堂(スペイン)
スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂(聖家族教会)は、19世紀末に着工し今なお建設が続く世界的に有名な未完の大聖堂です。アントニ・ガウディの独創的な設計によるこの聖堂は、その複雑かつ有機的な形状ゆえに長らく工事の進捗が遅れていましたが、近年になってBIMやデジタル技術の力で完成に向けた歩みが加速しています。
建築史上でも類を見ないほど複雑な曲面やねじれた塔の設計を現実に建てるため、設計チームはガウディの残した石膏模型やスケッチを3Dスキャンしてデジタルデータ化し、詳細なBIMモデルを作成しました。これにより、本来なら手作業では極めて困難な形状の石材部品を正確に加工することが可能となり、職人と設計者のコミュニケーションも飛躍的に効率化されています。BIM上で構造解析と形状最適化を繰り返すことで、100年前のデザインコンセプトを維持しながらも現代の建築基準に適合する安全な構造を実現しています。また、塔クレーンの配置計画や施工手順のシミュレーションにもBIMが活用され、限られた作業空間での効率的な施工を支えています。サグラダ・ファミリアの完成予定は刻々と近づいており、デジタル技術の導入が百年以上にわたる未完のプロジェクトを遂にゴールへ導こうとしていることは、建設業界にとっても象徴的な出来事です。BIMはサグラダ・ファミリアという歴史的プロジェクトに現代の息吹を吹き込み、その偉大な芸術性と構造を後世に引き継ぐ重要な役割を果たしています。
9. メルセデス・ベンツ・スタジアム(アメリカ)
米国ジョージア州アトランタに建設されたメルセデス・ベンツ・スタジアムは、最先端のBIM技術が投入された次世代型スポーツスタジアムです。NFLアトランタ・ファルコンズの本拠地として2017年に開場したこのスタジアムは、巨大な開閉式屋根が最大の特徴となっています。円形に配置された8枚の屋根パネルがカメラのシャッターのようにスライドし、開閉する構造は世界初の試みでした。
設計・施工チームはこの複雑な可動屋根の実現に向けてBIMをフル活用し、構造フレームと機械装置、電気配線が干渉なく納まるよう何度も3Dモデル上で検証を重ねました。BIM上で開閉動作をシミュレーションすることで、実際のモーター出力やパネル同士のクリアランスを調整し、精密な制御システムの設計につなげています。また、スタジアム全体でもBIMによる統合設計が行わ れ、7万席の観客席からの視認性解析、膨大な照明・音響設備の配置計画、避難動線シミュレーションなど、安全性と観客体験を両立させる設計に貢献しました。環境面でも、BIMデータを活用したエネルギーモデルにより雨水収集システムや自然換気設計が最適化され、メルセデス・ベンツ・スタジアムはLEEDプラチナ認証を取得しています。BIMに支えられたこのスタジアムは、建築技術とエンターテインメントの融合による新時代のランドマークとして世界から称賛されています。
10. 上海ディズニーランドの新プロジェクト(中国)
テーマパークの分野でもBIM活用は進んでいます。中国にオープンした上海ディズニーランドでは、象徴となる巨大な城「エンチャンテッド・ストーリーブック・キャッスル」をはじめ、園内の各施設の設計・施工にBIMが活用されました。
特にストーリーブック・キャッスルはディズニーパーク史上最大の城であり、内部にレストランやショップ、さらにはライドアトラクションまで内包する複合構造となっています。この複雑な建築物を計画するにあたり、設計段階から詳細な3Dモデルが用意され、建築チーム 、構造エンジニア、ステージ設備担当、施工者など全関係者がそのモデルを共有してプロジェクトを進めました。BIMモデル上で意匠と構造、ライドの軌道や設備スペースを細部まで調整することで、デザイン上の夢のようなビジョンを現実の建築物として実現する道筋が付けられたのです。
また、クラウドを介したコラボレーション機能によって、中国国内外のチームが時差を超えて最新の設計情報を確認し合い、工期内に完成させるための迅速な意思決定が可能になりました。施工中にもクラウド連携システムを活用し、品質検査や進捗管理をデジタル上で効率化しています。上海ディズニーランドのプロジェクト群は、エンターテインメント空間の創造にBIMが大きく寄与した例として注目され、テーマパーク業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の成功モデルとなりました。
おわりに:BIMが拓く未来と新技術への期待
以上、世界各地のBIM活用事例10選をご紹介しました。これらのプロジェクトに共通するのは、BIMによって複雑な建設プロセスが「見える化」され、関係者の協働が飛躍的に高まっている点です。BIMは単なる3次元モデリングに留まらず、時間やコスト情報、維持管理データまでも統合することで、建設業のワークフローそのものを変革しつつあります。今後もBIMは進化を続け、AIやIoTとの連携によるスマート施工、デジタルツインによるリアルタイム監視など、新たな次元の価値を生み出すでしょう。
さらに、BIMの効果を最大限に引き出すには、周辺技術との組み合わせも重要です。例えば近年注目されているLRTKによる簡易測量は、高精度GNSS(全球測位衛星システム)とスマートフォン等を組み合わせた新しい測量手法で、従来は専門機器が必要だった現場測量を手軽に行えるようにしています。LRTK(ローカルRTK)の登場により、数センチ単位の測位精度で地形や構造物の点群データを迅速に取得し、それを即座にBIMモデルに取り込んで設計に反映するといったことも可能になりつつあります。BIMと現場計測技術のシームレスな連携が進めば、設計・施工のPDCAサイクルがこれまで以上にスピーディーになり、品質の向上とコスト削減がさらに加速するでしょう。
BIM活用は世界の建設プロジェクトを着実に次のステージへ押し上げています。日本においてもこれらの先進事例や新技術から多くを学び、よりスマートで持続可能なも のづくりに活かしていくことが期待されます。未来の建設現場では、BIMを中心に据えつつLRTKによる簡易測量など最新テクノロジーを柔軟に取り入れることで、誰もが驚くようなイノベーティブなプロジェクトが次々と生まれていくに違いありません。建設業界の明日は、まさに今目の前で形作られているのです。
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