土工事の現場で、掘削量や盛土量を素早く正確に測定できていますか? 従来の方法では測量や計算に時間がかかり、現場で即座に土量を把握するのは容易ではありません。しかし今や、スマートフォンとAR(拡張現実)技術を活用することで、誰でも簡単に土量測定が可能な時代が到来しつつあります。本記事では、土量算出の従来手法とその課題を整理し、最新のAR技術と点群データによる自動体積計算の仕組みを解説します。さらに、iPhoneのLiDARセンサーとRTK-GNSSを組み合わせた「LRTK」を用いることで、専門技術者でなくとも現場担当者が手軽に高精度のスマホ測量やAR表示を行えることをご紹介します。出来形管理や出来高査定、発注者との確認、重機オペレーター支援など、土工現場での具体的な活用シーンにも触れながら、ARで土量測定がどう簡単になるのかを詳しく見ていきましょう。
従来の土量算出方法と課題
土工事における土量(掘削量・盛土量)の算出は、これまで主に従来型の測量手法や経験則に頼ってきました。代表的な方法として、以下のようなものがあります。
• TS測量(トータルステーション)による計測: 現地に測量機(TS)を据えて多数のポイントの高さや位置を計測し、地形の起伏をデータ化して体積を算出します。高い精度が得られますが、測量範囲が広い場合は点の取得に非常に手間と時間がかかります。複数人での作業や機器の操作スキルも必要で、即時に結果を得ることは困難です。
• 平均断面法(断面法)による土量計算: 道路造成などで古くから用いられてきた手法です。一定間隔ごとに横断面を測量し、各断面の盛土・切土の面積を求めます。その面積値を平均化し区間長を乗じることで区間ごとの体積を計算し、全体の土量を推定します。この方法も基本的には現場での丁寧な測量と図面上での計算作業が必要で、迅速性に欠ける上に、断面間の地形変化を完全には反映できないという課題があります。
• ドローン写真測量: 近年普及しているドローン(無人航空機)による上空からの写真測量も土量算出に活用されています。空撮画像をもとに3次元モデルや等高線を作成し、盛土・切土量を自動算出できるため、広範囲の土量把握には非常に有効です。ただし、ドローンの運用には天候条件への制約や飛行許可、専門的な画像解析ソフトウェアとスキルが必要です。現場で飛行から解析完了まで即座に結果を得るのは難しく、ある程度の時間とコストを要します。
• 目視や経験によるざっくり見積もり: 重機オペレーターや現場監督の経験に基づいて「このトラック何台分くらい」などと目測で土量を判断するケースもあります。しかし人間の感覚による見積もりは誤差が大きく、発注者との認識ズレや出来高査定でのトラブルを招きかねません。
以上のように、従来手法には手間と時間がかかる・専門知識や経験が必要・リアルタイム性に欠けるといった課題がありました。特に工事進捗の管理や出来形検査の場面で、必要なときにすぐ正確な土量を知りたくても、測量データの取得や解析待ちでタイムラグが生じていました。また2次元の図面や数値だけで土量を伝えるのは直感的でなく、発注者や関連部署への説明にも苦労する場面が少なくありませんでした。
AR技術による土量測定の革新
こうした課題を解決しうる新技術として注目されているのが、AR(拡張現実)を活用した土量測定です。AR技術を用いると、現場の実景にバーチャルな情報を重ねて表示できるため、測量結果や設計データをその場で視覚的に確認することが可能となります。例えばスマートフォンやタブレットのカメラ越しに現場を映しつつ、掘削前後の地形や設計面のモデルを重ねれば、「どこにどれだけ土を盛ればいいか」「設計面と現況にどの程度ズレがあるか」が一目で直感的に分かります。従来は紙の図面と現場を見比べ、杭打ちや墨出しで位置や高さを確認していた作業も、ARなら画面上に完成形をそのまま実景に重ねて表示できるため、経験の浅い技術者でも空間的なズレを理解しやすくなります。またベテランの勘に頼っていた部分もデジタルな可視化で補 えるため、発注者や他部署とのコミュニケーションも飛躍的に円滑になると期待されています。
特にARが真価を発揮するのは、3次元モデルと連携したリアルタイムの可視化です。現場でスマホをかざすだけで、盛土や切土の量を色分け表示したヒートマップが浮かび上がったり、所定の設計高さまであと何センチ掘削すべきかが数字で表示されたりします。土量測定の結果を待つことなく即座に現況を把握でき、必要ならその場で施工の手直し指示を出せるため、工期短縮やミスの防止につながります。
ただし、一般的なスマホやタブレットのAR表示はGPS精度や画像認識に依存するため、ユーザーが移動すると仮想オブジェクトがずれてしまう問題がありました。これでは正確な位置合わせが求められる土木の現場では使えません。そこで登場したのが、高精度な位置情報でAR表示を安定化させる技術です。そのカギとなるのが次に述べるRTK-GNSSの活用であり、iPhoneのLiDARスキャナーとの組み合わせによる点群データ計測の革新 です。
点群データと体積自動計算の仕組み
ARによる土量測定の基盤となっているのが、3次元点群データに基づく体積の自動計算技術です。点群データとは、LiDAR(レーザー)や写真測量によって取得される無数の点の集まりで、現地の地形や構造物を3次元的に表現したデジタルデータのことです。各点にはX,Y,Zの座標(および色情報など)が含まれ、点の密集具合から地表面の形状を精細に復元できます。
従来は高価な3Dレーザースキャナーや専用の測量機器がないと取得できなかった高密度の点群データが、近年ではスマートフォン内蔵のLiDARセンサーでも取得可能になりました。例えば最新のiPhoneやiPadにはLiDARが搭載されており、これを使って地面や土砂の形状をスキャンすれば、短時間でその場の3D点群モデルが生成できます。
この点群データを用いると、土量計算は飛躍的に効率化します。具体的には、現況地形の点群と設計面のモデルを比較したり、あるいは掘削前後の点群を差分することで、コンピューターが盛土・切土量を自動的に算出してくれるのです。人手による断面図の作成や面積計算は不要で、取得した点群データさえあればソフトウェアが体積を即座に計算します。しかも点群は敷地全体の形状を網羅しているため、限られた測点から推定する断面法よりも精度が高く、局所的な凹凸や高低差も見落としません。
体積計算には基準となる面(既存地盤や設計地盤)との比較が必要ですが、これもデジタル上で簡単に設定できます。例えば「設計高さ○mの水平面と現況点群との間の体積」を求めたり、「施工前の地表点群と現在の掘削面点群との差分体積」を出すといったことが、あっという間にできてしまいます。さらに計算結果は従来のように単なる数字の表ではなく、点群上で過不足土量を色で可視化したり、AR空間に体積○立米の盛土模型として表示したりもできます。このように、数字に不慣れな人でも直感的に土量を理解でき、関係者全員で情報を共有しやすくなるのです。
iPhone+LiDAR+RTK-GNSSで誰でもできる測量技術構成
点群とARを用いた土量測定を現場レベルで実現するには、計測位置の高い信頼性が不可欠です。いくらLiDARで詳しい形状をスキャンできても、それが現実の座標系でどこに位置するか不正確では、設計図との比較や複数データの統合ができません。ここで威力を発揮するのがRTK-GNSSという測位技術です。
RTK-GNSS(リアルタイムキネマティック・GNSS)とは、GPSなどの人工衛星から得た測位データに、基地局からの補正情報をリアルタイムに適用することで測位精度を飛躍的に高める方式です。通常スマホ内蔵GPSの精度は数メートル程度ですが、RTKを用いれば誤差数センチ以下というセンチメートル級の高精度で位置を特定できます。そのために以前は大掛かりな高級測量機器が必要でしたが、近年はスマートフォンと連携できる小型のRTK-GNSS受信機が登場し、日本では衛星測位サービス「みちびき」のCLAS(センチメータ級測位補強サービス)も利用できるようになったことで、手のひらサイズのデバイスでRTK測位が可能になりました。

