埋設管(上下水道管やガス管、電力ケーブルなど)は、社会のライフラインとして地下に張り巡らされています。しかし、その存在は地面の下に隠れているため、現場作業中に目で確認することはできません。この「見えない」ことが、インフラ維持管理や掘削工事において大きな課題となっています。もし道路の下に埋まった配管類を、その場で透視するように確認できたら──そんな夢のような技術が、近年のAR(拡張現実)技術の発展とスマートフォンの高度化によって現実味を帯びてきました。本記事では、iPhoneのLiDARセンサーと高精度GNSS「LRTK」を組み合わせることで実現する、地下インフラのAR「見える化」について、その技術的仕組みと実用性、活用事例、課題、将来性まで詳しく解説します。
地下インフラ維持管理に潜む課題
道路や敷地を掘削する際に最も恐ろしいのは、誤って既存の埋設物を損傷してしまう事故です。老朽化した上水道管を破損すれば大規模な漏水事故に、ガス管であればガス漏れや爆発の危険すら伴います。また電力ケーブルや通信ケーブルを切断してしまえば、周辺地域の停電や通信障害を引き起こし、社会生活に大きな支障を与えかねません。実際、毎年全国で大小様々な埋設物損傷事故が報告されており、その原因の多くは「そこに何が埋まっているか正確に把握できていなかった」ことに起因しています。
こうした事故を防ぐため、従来から埋設管の維持管理には細心の注意が払われてきました。埋設管工事を行う際には、完了前に測量して位置や深さを記録したり、写真を撮影して図面化するなどして情報を残します。現場では図面や埋設標(マーキング)に基づき、経験豊富な作業員が「おそらくこの辺に○○の管があるはずだ」と見当をつけながら作業しています。また、必要に応じて地中レーダー探査や試掘(穴を掘って直接確認)といった方法で埋設物の位置確認を行います。しかし、紙の図面や経験則に頼った管理には限界があり、地中の正確な位置関係をイメージするのは容易ではありません。特に過去の改修履歴が複雑な都市部では、複数の配管やケーブルが縦横無尽に交錯し、図面と現場状況の差異も生じがちです。その結果、「ここにはないはず」と思っていた深さ に配管が残っていた、といったヒヤリハットも珍しくありません。
要するに、地下インフラ維持管理の課題は「見えないものをいかに見えるようにするか」に尽きます。地中の構造を直感的に把握できれば、掘削時のトラブル回避だけでなく、老朽管の点検や交換計画の立案も飛躍的に効率化できるでしょう。そこで期待されるのが、AR(拡張現実)技術を用いた埋設管の「見える化」です。
ARで地中を「透視」する技術
AR(Augmented Reality、拡張現実)は、カメラを通じて見える現実の映像にCGなどのデジタル情報を重ね合わせる技術です。これを活用すれば、地下に埋まっている配管類を仮想的に目に見える形で表示することが可能になります。カメラ越しにスマートフォンやタブレットを地面にかざしたとき、画面上に地下のガス管や水道管がまるで地面を透かして見えているかのように描写されれば、作業者は「この真下に何がどのように埋設されているか」を直感的に把握できます。
しかし、地下埋設物のAR表示を正確 に行うためには、高度な位置合わせ技術が欠かせません。単純にスマホのGPSや電子コンパスに頼った場合、位置の誤差が数メートルもあるため、仮想の配管モデルが実際とはズレた場所に表示されてしまいます。これでは配管の「透視」と呼べる精度には程遠く、かえって誤認を招き危険です。また、これまでの一般的なARシステムでは、現場ごとにマーカー(位置合わせ用の印)を設置したり、初期に手動でモデルと現実を重ねるキャリブレーション作業を行ったりする必要がありました。広範囲に展開する道路や埋設管に対して、いちいちマーカーを配置したり手作業で調整したりするのは現実的ではありません。
そこで登場したのが、スマートフォン+LiDAR+RTK-GNSSという最新技術の組み合わせによる「マーカーレス高精度AR」です。iPhoneのような最新スマホには、カメラ映像とIMU(慣性計測装置)によってデバイスの動きを捉える優れたARプラットフォーム(Apple ARKit)が搭載されています。さらに上位モデルには小型のLiDARセンサー(レーザーによる3Dスキャナー)が内蔵され、周囲の空間を点群データとしてリアルタイムに取得することが可能です。このLiDARにより地面や構造物までの距離形状が高精度に把握できるため、仮想オブジェクトを現実世界に安定して重ね合わせたり、物体の裏側に隠れる演出(オクルージョン)を自然に表現し たりできます。つまり、iPhoneはカメラ映像に加え自分の周囲の3次元マップを即座に構築できるため、AR表示の足場が格段に強化されているのです。
残る課題は、「スマホがどこにいるか」を正確に知ることです。そこで威力を発揮するのがRTK-GNSS(リアルタイム・キネマティック衛星測位)という高精度測位技術です。スマートフォン単体のGPSでは誤差数mですが、RTKという補正技術を使えば誤差数cmまで位置情報を追跡できます。この技術自体は以前から測量分野で使われてきましたが、近年は超小型化が進み、スマホに装着できる受信機が登場しています。RTK対応のGNSS受信機をスマートフォンに組み合わせれば、デバイスの位置を地球座標上でセンチメートル単位で捉えることが可能となり、仮想モデルと現実空間とのズレを限りなく小さく抑えられます。
LiDARで取得した地面の3D形状データと、RTK-GNSSで得たグローバルな自己位置。この両者を組み合わせることで、現場における「埋設管のAR透視」が初めて実用的な精度で実現できるのです。例えば事前に取得した埋設管の3Dモデルをデバイスに読み込んでおけば、後日現場を訪れた際にスマホをかざすだけで、そのモデルが現実の地面下のまさにその位置に、ピタリと重なって表示されます。地面はLiDARによるメッシュモデ ルで認識されているため、管は土中に隠れた状態で透けて見え、深さ方向の位置関係も直感的に理解できるでしょう。このように、マーカーレスで自由に動き回ってもズレないAR透視技術が、地下インフラ管理の現場において現実のものとなりつつあります。
iPhone+LiDAR+LRTKの組み合わせがもたらすメリット
スマートフォンとLiDAR、そしてRTK-GNSS受信機を一体化することで、現場にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。まず特筆すべきは、その手軽さと携行性です。従来、センチメートル級の測量や位置出しを行おうとすれば、三脚に据え付けたトータルステーションや大掛かりなGNSS機器を用意し、2人1組で操作するといった手間が必要でした。それが今や、スマートフォンに小型のRTK受信機を装着するだけで同等の精度が得られる時代です。例えば東京工業大学発のスタートアップが開発した「LRTK Phone」は、約165gの超小型デバイスをiPhoneの背面に取り付けることで、即座にRTK測位を可能にします。内蔵バッテリーで約6時間駆動し、スマホとはケーブル接続や専用ケースでワンタッチ装着が可能です。日本の準天頂衛星みちびき(QZSS)が配信する高精度補強信号「CLAS」にも対応しており、携帯電波の届かない山間部でも安定してセンチメートル精度を維持できます。もちろん市街地ではネット経由のRTK補正サービスを利用し、日本全国どこでもリアルタイムに測位誤差を数センチ以内に補正可能です。
こうした高精度デバイスとスマホが一体化することで、「一人一台」のモバイル測量・AR端末が現実のものとなります。現場技術者それぞれが自前の高精度位置測定ツールをポケットに携帯し、必要なときにサッと取り出して使えるようになるイメージです。実際、LRTKのようなシステムでは、スマホ画面に直感的な日本語UIで誘導や測位結果が表示されるため、特別な専門知識がなくとも誰もがすぐに使いこなせます。従来2人がかりだった杭打ち作業も、スマホを取り付けた一脚(ポール)を片手で支えながら、一人で正確に位置出しできるようになります。さらに今回のテーマであるAR表示についても、ボタン一つで計測した点群データや設計モデルをクラウドから呼び出し、リアルタイムに現場へ重ねて確認できます。初期設定やキャリブレーションも不要で、スマホの電源を入れ数十秒でRTKがFix(衛星捕捉状態)すれば、すぐさま高精度ARがスタートできる手軽さです。
マルチユースである点も見逃せません。iPhone+LRTKの組み合わせは、位置測定や墨出し(杭打ち)だけではなく、3Dス キャンや写真計測、そしてAR可視化まで一つの端末でこなせます。例えば埋設管を施工中にLiDARでスキャンしておけば、その点群データは自動的に絶対座標つきでクラウドに保存されます。埋め戻し後、別の作業者が後日現場に来ても、クラウドからデータを取得して同じ座標系でAR表示するだけで、誰でも当時埋設された管の位置と深さを瞬時に視覚化できるわけです。このように計測から記録、共有、そして現場での活用(AR)までを一貫してスマホ一台で完結できることが、現場の生産性向上につながります。点群データ上で必要な寸法を測ったり、断面を切って埋め戻し土量を算出したりする解析もアプリ内・クラウド上で即座に実行できるため、記録資料作成の手間も大幅に削減できます。現場とオフィス間でデータがリアルタイム共有されることで、関係者全員が同じ「見える化」情報を元に協働できる点も、大きなメリットと言えるでしょう。
埋設管ARの活用事例:維持管理・施工現場での効果
では実際に、ARによる埋設管の可視化はどのように現場で役立つのでしょうか。具体的な活用シーンとして、埋設管工事の施工記録と維持管理を考えてみます。例えば道路下に新たに配管を埋設する工事では、埋め戻す前にiPhone+LiDARで配管の位置と周囲の掘削 状況をスキャンしておくことができます。その点群データは自動で3次元モデル(メッシュ)化され、埋設された管の正確な位置・深度・形状がデジタル記録されます。従来は埋設後に図面を作成したり、仮復旧した道路上にスプレーで配管経路を描くこともありましたが、ARならそうした手間をかけずともデジタルな記録が残せるのです。
そして将来、別の工事で同じ道路を掘り返す必要が生じた際、現場担当者はその過去データをARで透視できます。スマートフォンに当時の埋設モデルを読み込み、現地でカメラをかざすだけで、路面下に埋まっている管の位置がその場で見えるのです。「この真下に直径○○mmの水道管が1本通っている」「奥側にはガス管が並行して走っている」など、現実空間にカラーの仮想配管が表示され、誰の目にも一目瞭然です。深さ情報もビジュアルに把握できるため、例えばAR上で管にタグを表示し「深度1.2m」等と注記することで、縦方向の位置関係も共有できます。経験と勘に頼っていた従来の埋設物探しが、誰でもできる見える化作業に変わるわけです。
この効果は、単なる利便性向上にと どまりません。掘削前に埋設物の存在を正確に把握できれば、事故の防止に直直します。前述のような誤破損事故のリスクを大幅に低減でき、結果的に工期の遅延防止や安全性向上につながります。また、新人技術者への教育面でも、ARは大きな威力を発揮します。図面だけではイメージしづらい地下の配管配置も、現地でARを使えば実物さながらに視認できるため、ベテランの「勘」に頼らずとも空間把握が可能です。インフラ点検の現場では、老朽管の更新計画を立てる際にARで現況と過去の補修履歴を重ねて確認することで、適切な対策を迅速に検討できます。例えば道路陥没のリスク調査では、地中空洞探査の結果や下水管の劣化情報をAR表示しながら、危険箇所を正確にマーキングするといった応用も考えられます。
さらに、ARによる埋設管の可視化は複数の関係者間の情報共有にも有用です。道路工事では、水道、ガス、電力、通信など複数のインフラ事業者が関わることが多く、それぞれ埋設物の管理主体が異なります。現場で各事業者が持つ配管データを統合し、AR上に一括表示できれば、合同調査の場などで「どの層に何が埋まっているか」を全員で共有できます。従来は紙の図面を見比べながら摺合せをする必要がありましたが、ARならその場で共通の“現物”を見て確認できるため、認識違いや伝達ミスも減ります。発注者や近 隣住民への説明でも、現地にスマホをかざして「この下にはこれだけの設備が通っています」と視覚的に示せれば、理解と合意形成がスムーズになるでしょう。
現状の課題とAR透視技術の限界
革新的なAR透視技術ではありますが、現時点での課題や限界も認識しておく必要があります。まず第一に、この技術は元となるデータの正確さに依存するという点です。ARで表示する埋設管のモデルや座標情報は、事前に測量・スキャンされたデータや図面から作成されます。つまり、もし元データに誤りがあれば、ARに映る位置も誤ったものとなってしまいます。古いインフラで図面情報が不十分な場合や、地盤沈下や改修工事で配管位置が変位している場合、ARだけで完璧に把握することは困難です。本当の意味で「透視」するには、地中レーダー探査などで未知の埋設物を検出し、その結果をAR表示するような連携も将来的には必要となるでしょう。
また、測位環境の制約もあります。RTK-GNSSは衛星からの電波を利用するため、高架下やビル街の谷間では精度が落ちたり受信できなかったりする場合があります。幸い、日本の準天頂衛星システムや今後の衛星測位技術の高度化により、ビル陰や都市部での測位精度も徐々に改善しつつありますが、それでも現場によっては誤差数cmを確保できないケースも考えられます。そのような場面では、既知の基準点に対する相対計測や、地物(地上の特徴物)との照合による位置合わせ補正など、他の手法との併用が必要になるでしょう。スマートフォンAR自体も、磁気コンパスが周囲の鉄筋や機械の影響で狂うと方位がズレる可能性があります。しかし最新のARソフトウェアは、カメラ映像から特徴点を捉えるビジョンベースの自己位置推定を行っているため、一度周囲をスキャンすれば多少GNSSが不安定でも映像上は位置・方位を保ってくれるよう工夫されています。
さらに、ユーザーインターフェース上の課題も挙げられます。スマートフォンを手に持って画面越しに作業するスタイルは、両手が塞がることや画面越しの視野が限られることなど、長時間の作業には必ずしも最適とは言えません。屋外の強い日差しの下では画面が見にくくなる問題もあります。これについては、将来的にAR対応のスマートグラスやゴーグル型デバイスが普及すれば、作業員は安全メガネ感覚で常時AR情報を視界に表示できるようになると期待されます。実際、建設業界でもマイクロソフトのHoloLensやTrimble社の透視ディスプレイなど、ヘッドマウント型のAR機器の試験導入が 進んでいます。ただし現状ではデバイスが大型・高価であるため、本格的な普及にはもう少し時間がかかるでしょう。その点、スマホ+小型GNSSレシーバーという構成は低コストで導入しやすく、現実解として当面は主流となりそうです。
最後に、データ標準化と運用面の課題も触れておきます。複数の埋設管データを一つのARシステムで表示するには、異なる事業者間で位置情報や図面フォーマットを統一する必要があります。国土交通省が公開している3D都市モデル「[PLATEAU(プラトー)](https://www.mlit.go.jp/plateau/)」のように、公共インフラの3次元データプラットフォームが整備されつつありますが、地下のインフラ情報についても将来的にオープンデータ化・三次元化が進めば、ARによる一元的な可視化がより簡単になるでしょう。また、現場で取得した点群やモデルをどのように保管・更新し、関係者に共有していくかといったワークフローの確立も重要です。クラウドサービスとの連携が鍵になりますが、セキュリティやネットワーク環境にも配慮しつつ、データを有効活用していく仕組みづくりが求められます。
おわりに:現場DXを支えるLRTKの可能性
スマートフォンARによる埋設管の「透視」は、かつてはSFのように思われていた世界ですが、iPhoneのLiDARセンサーとRTK-GNSS技術の融合により、いまや現実のソリューションとなりつつあります。地下インフラの維持管理や施工現場において、目に見えなかったものが見えるようになることのインパクトは計り知れません。埋設物損傷事故の防止、作業効率の向上、ノウハウの伝承、省人化…あらゆる面でAR可視化技術は現場DX(デジタルトランスフォーメーション)の切り札となり得るでしょう。
こうした最先端技術を誰もが活用できる形に落とし込んだ例が、前述のLRTK Phoneです。LRTKはスマートフォンを高精度測位デバイスに変身させることで、測量から点群生成、そしてAR表示までを一括して実現する統合システムとなっています。既に土木・建設の現場で、LRTKを使って一人で測量・墨出しをこなし、取得したデータを即座にクラウドで共有、さらには埋設管モデルをAR投影して活用するといった新しいワークフローが実践され始めています。専門オペレーターでなくとも簡単に扱える設計となっており、現場の技術者一人ひとりが「自分専用の万能測量機」を持つ時代が目前に来ていると言えるでしょう。
今 後、ますます精度と使い勝手が向上すれば、現場でAR越しに地下インフラを確認しながら作業するスタイルが当たり前になるかもしれません。実際、日本発のLRTKのような取り組みに加え、海外でも高精度ARシステムが注目を集めており、建設業界全体でAR+測位技術の活用が広がっています。埋設管のAR透視は、安全で効率的なインフラ管理に向けた大きな一歩です。読者の皆様も、測量やAR技術に関心がおありでしたら、ぜひ一度 [LRTK公式サイト](https://www.lrtk.lefixea.com/lrtk-phone) でその最新情報や導入事例をチェックしてみてください。現場の常識を変えるテクノロジーが、すぐそこまで来ています。
LRTKで現場の測量精度・作業効率を飛躍的に向上
LRTKシリーズは、建設・土木・測量分野における高精度なGNSS測位を実現し、作業時間短縮や生産性の大幅な向上を可能にします。国土交通省が推進するi-Constructionにも対応しており、建設業界のデジタル化促進に最適なソリューションです。
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