建設業界にデジタル革命をもたらす「i-Construction」 の流れの中で、近年特に注目されている技術が AR(拡張現実) です。スマートフォンやタブレット越しに現場の景色に設計データや計測データを重ね合わせて表示できるARは、これまで職人の勘や経験に頼っていた施工管理を大きく変えつつあります。特に iPhoneとRTK-GNSSデバイス「LRTK」 を組み合わせることで、従来難しかったセンチメートル精度の位置合わせや点群計測を手軽に実現でき、現場の生産性と精度向上に寄与しています。本記事では i-Constructionの政策背景とICT施工の推進内容 を概説し、次に AR技術を用いた現場支援の具体例 を豊富に紹介します。さらに iPhone+LRTKによる高精度AR表示と点群取得の 実用方法 を詳しく解説し、導入によるメリット(省力化・標準化・若手活用・属人性解消など)について考察します。最後に、こうした最新技術を現場で活用するための スマホ測量(LRTK)の導入 についてご紹介します。
i-Constructionの背景とICT施工の推進
日本の建設業界では、少子高齢化による人手不足 や現場作業の「3K」(きつい・汚い・危険)など長年の課題に直面してきました。これらを克服し生産性向上につなげるため、国土交通省は2016年に 「i-Construction(アイ・コンストラクション)」 をスタートしました。i-Constructionは測量・設計から施工、検査、維持管理に至る建設プロセス全体にICT(情報通信技術)を導入し、2025年度までに現場の生産性を2割向上 させることを目標とした政策プロジェクトです。その柱となる取り組みには以下のようなものがあります。
• 3次元測量の活用: ドローンによる空中写真測量や地 上レーザースキャナー計測などで、現場を面的・立体的に計測します。従来は人力で一部の点や断面を測っていた作業も、3D計測技術により短時間で広範囲を精密に測量できるようになりました。例えば山間部の造成工事ではドローン空撮から得た点群データで地形全体を把握し、後から任意の地点の高さや距離を測定できるため、測量作業の大幅な省力化 が実現します。
• CIM(Construction Information Modeling)の推進: 建設版BIMとも言えるCIMの導入が進み、設計段階から施工・維持管理まで3次元モデルを一貫活用 する流れが定着しつつあります。2023年度から国交省直轄工事では原則すべてでBIM/CIMの適用が開始され、今や全てのプロジェクトで3Dデータ活用が標準 になる時代が来ています。CIMにより施工者と発注者が共通の3Dモデルを参照でき、設計意図の伝達や施工計画のシミュレーションが容易になりました。これにより図面の読み違い防止 や設計変更時の素早い調整が可能となり、合意形成の迅速化にもつながっています。
• 出来形管理の効率化: 工事完了後の出来形(実際に出来上がった形状)の検測・検査にも3D 技術が活用されています。従来は工事箇所の要所を計測し紙の図面上で出来形をチェックしていましたが、i-Constructionでは3次元出来形管理 を推進。ドローン写真測量や地上LiDARで施工後の地形や構造物を点群データとして取得し、設計データと照合して出来形を面的に把握できます。これにより、例えば盛土や掘削の出来形を従来より短時間で検査でき、数量計算(体積計算)も自動化されるなど出来形検査の省力化・迅速化 が図られています。また、出来形データを3Dモデルとして保存・共有することで、将来の維持管理やリニューアル時にも活用できるようになりました。
このようにi-Constructionによって ICT施工(ICTを活用した施工)が強力に推進され、3Dデータやデジタル技術が現場の標準装備になりつつあります。その延長線上に位置するのが AR技術の活用 です。次章では、ARが施工管理にもたらす具体的なメリットと活用事例を見ていきましょう。
建設現場で広がるAR活用の具体例
AR(拡張現実)技術は、現実の映像にデジタル情報を重ねて表示できる技術です。建設現場にARを導入すると、図面や設計データを 実際の景色上に立体的に表示 できるようになり、これまで平面図や断面図では把握しづらかった情報を直感的に共有できます。ここでは、施工管理の様々な場面でARがどのように現場支援に役立つか、代表的な活用例を紹介します。
出来形比較による品質管理の高度化
施工後に完成した構造物や地形を、その 設計モデルとARで重ね合わせて比較 することで、出来形の誤差を一目で把握できます。例えば、コンクリート打設後の構造物を3Dスキャンし、その点群データと設計3Dモデルとの差分を色分け表示するヒートマップを作成すれば、仕上がりの高低差や寸法誤差を可視化できます。これを iPhoneなどの端末に取り込み、現場でAR表示 すると、実物の上に色付きのヒートマップがセンチメートル精度で重ねられ、どの部分が設計と異なるか現場で即座に確認可能です。
従来は出来形管理用の差分図があっても、現場で不良箇所を特定するには墨出しのような位置出し作業が必要でした。しかし 高精度AR によってヒートマップをそのまま現場に投影できるようになったため、誤差のある場所をすぐに見つけ出し、その場で手直しや追加施工を行う ことができます。品質検査の効率が飛躍的に向上し、重大な手戻りを未然に防ぐことにつながります。施工管理担当者はタブレット片手に現物と設計の差をチェックしながら是正できるため、品質向上と工期短縮 を同時に実現できます。
施工プロセスのAR視覚化(工程管理)
ARは工事の進捗状況や今後の工程を視覚化するツールとしても有用です。工事が進む各段階で 「あるべき姿」 を3Dモデルで現地表示し、現在の状況と重ね合わせて確認することで、計画との差異を直感的に把握 できます。例えばトンネル工事では、現在の掘削箇所と設計計画線をARで重ねて表示すれば、所定の掘削ラインまで到達しているか 一目瞭然です。また道路工事では、路盤や舗装の高さ・勾配が設計通りかをその場でチェックできます。従来は現場合わせの勘に頼った進捗判断も、ARによってデータに基づく客観的な工程管理が可能となり、進捗遅れの早期発見 や対策立案がしやすくなります。
さらに、施工前の段階でもARは計画可視化に役立ちます。着工前の現地説明会などで 完成予定の構造物モデル を現場にAR表示すれば、周囲の景観の中で工事完成後のイメージを共有できます。発注者や近隣住民は、文字や口頭説明では分かりにくい完成像を現地で具体的に見ることができ、工事への理解が深まります。このように完成予想図のAR表示 は、景観に配慮が必要な橋梁・ダム工事などで合意形成をスムーズにする強力な手段となっています。
ARによる現場ナビゲーションと埋設物の可視化
AR技術は現地でのナビゲーションや情報共有ツールとしても活用できます。例えば、施工箇所で次に設置すべき部材の位置 をARマーカーや矢印で地面に表示すれば、作業員は直感的に設置場所や方向を把握できます。図面を広げて測りながら位置決めをする手間が減り、墨出し作業の効率化とミス防止につながります。
また、ARを使えば埋設物や地下構造物を“透視”して表示することも可能です。例えば道路下に新設した配管を、埋め戻し前にiPhoneのLiDARでスキャンして点群データを記録しておけば、埋め戻し後でも スマホの画面越しに地下の配管をAR表示 できます。現場をカメラで映しながら、その映像上に埋設管の3Dモデルを正確な位置に表示できるため、まるで道路の下を透視しているかのように配管の位置・深さが把握できます。これにより、将来別の工事でその場所を掘り返す際も、経験や勘に頼らず誰でも正確に埋設物の位置を特定できるようになります。誤って既設管を損傷するリスクを減らし、安全性と生産性の向上に大いに寄与するでしょう。
発注者・関係者との合意形成とコミュニケーション改善
建設プロジェクトでは、発注者や設計者、施工者、さらには地元住民など多くのステークホルダーとの合意形成が重要です。ARはこのコミュニケーションを革新します。現場において 発注者と受注者が同じAR映像を見ながら議論できる ようになるため、図面やCGパースでは伝わりづらかった完成イメージの齟齬を無くすことができます。
例えば定例打ち合わせで、タブレットに 完成後の構造物モデルをAR表示 して見せれば、発注者は現地の風景に重ね合わさった完成イメージを直感的に理解できます。「思っていたのと違う」という引き渡し後のトラブルを防ぐには、事前の認識合わせ が肝心ですが、ARはそれを強力に支援します。実際にARを使った現場打ち合わせでは、発注者から「イメージ通りだ」「ここはもう少し高さを下げられる?」といった具体的な意見が出やすくなり、その場で施工側がモデルを書き換えて提案するといった双方向のコミュニケーション が可能になります。結果として合意形成に要する時間が短縮され、後になってからの手直しやトラブルも避けられるようになります。

